第3話 いじめ

私の机の中に謎の紙が入っていた。

そこに書かれていた言葉が


「今日の夜、公園に来い」


だった。誰からこの手紙が来たのか。もう分かっている。今日は6月30日。明日はやっと宙と会える。

何を話そうかなあ。宙は大丈夫かな?

私の唯一の友達こそ宙だ。

もし、宙が死んだら私も一緒に死ぬよ。

だって私はいつでも良いから早く死にたい。






去年の春、私が高校に入学した時。

宙と私は違うクラスだった。

宙がいないクラスで私は友達が出来るか不安だった。オリエンテーション期間中、何度も友達ができる機会があったのに、1人も友達が出来なかった。部活動紹介の日、私の隣にいたのが三島琉璃みしまるりだった。


「ねえ、あなた名前は何て言うの?」


高校生活で初めて声をかけられた。私は人と話すだけでも緊張してしまう。


「えっと……美香みかです」


「美香ちゃん、よろしく。私は琉璃だよ」


私は友達が出来て嬉しかった。

絶対に琉璃ちゃんを大切にしないといけない。


「美香ちゃんはどの部活に入るの?」


部活……。まだ全然決めていなかった。

中学の頃も帰宅部だったから入る気は無かった。


「まだ決まってない」


「そうか……。なら2人でサッカー部のマネージャーなろうよ」


サッカーなんて全然知らない。ルールもプロの選手も知らない。ただ友達を失いたくなかった。


「良いよ。入るよ」


それが地獄の始まりだった。

私がサッカー部のマネージャーになった時、他にも1年が6人もいた。あまりにも多すぎて……怖かった。


「じゃあ美香ちゃんはこれやって」


それから毎日、私だけ雑用係に回された。

それでも琉璃ちゃんに嫌われたくないから毎日頑張った。そんなある日の練習が終わった後、他のマネージャー達が集まっていた。


「ねえ、美香って何も出来ないよね」


「あいついる?」


「絶対いらない。私達だけで十分よ」


「はい!!良い案を思いついた。

あいつをこの部から追い出そうよ」


「いいね」


その会話を私は聞いてしまった。

私の足が震え始めた。怖いよ……。怖い。

私はすぐに退部届けを顧問に出した。

でも、この退部をきっかけにあだ名がついた。

""弱虫""と。


そして時は流れ12月25日。世間はクリスマスで盛り上がっていた。私の家にもクリスマスケーキが届いた。私の顔よりも大きいイチゴのクリスマスケーキ。早く食べたい。美味しそう。

私はフォークを片手にずっとお母さんを待っていた。時計は19時を指していた。遅いなあ。


プルルル プルルル


固定電話が鳴り始めた。きっとお母さんだ。

私はフォークを片手に持ったまま、固定電話に向かった。


「もしもし」


「もしもし、お母さん!!」


その声はやっぱりお母さんだった。


「ごめんね。今日は残業する事になったの。もう1時間はかかりそう」


「そっか。それまで待っとくよ」


電話を切って、部屋に戻り、私はケーキを冷蔵庫に入れた。後でまた食べるからね。


プルルルプルルル


今度はスマホに電話がかかってきた。

誰だろう?相手は琉璃だった。

怖い……。出たくない。

でも出ないと多分殺される。


「もしもし……」


「おい、今から公園に来いよ。面白いもん見せてやるよ」


まだお母さんは帰ってこない。少しだけなら大丈夫だよね。


「うん……」


私は暗闇の中、家から1番近い公園に向かった。

何をされるんだろう。私がマネージャーを辞めてから毎日、いじめを受けていた。ある時は頭から水を被り、机が壊されていたり……。

それでも毎日耐え続けた。

この事は宙には何も話していない。

もし、私がいじめられていると分かれば、絶対に心配されるに違いない。だからずっと黙ってた。

公園に着くと瑠璃を含めて5人の女子が話していた。


「面白いものって何?」


「お前、クリぼっちだろ?だから彼氏を作ってあげようと思って連れてきたの」


「別に1人で十分よ」


「こっちに来いよ」


木の後ろに隠れていた人を瑠璃の友達が呼びに行った。


「何だよ!!」


木の後ろから現れたのは和樹君だった。


「和樹君……」


「美香……。何でここにいるの?」


「そっちこそ何で和樹君がここにいるの?」


「あいつらに連れてこられた」


私の体は怒りで満ち溢れてた。何で?和樹君を巻き込むの?唯一の友達なのに……。


「おい、美香。こいつと付き合え。

もし付き合わないなら、お前の個人情報を全てクラスのみんなに晒すぞ!!」


私は昨日、瑠璃達に脅されて個人情報を全て喋ってしまった。住所も携帯電話もお母さんが勤めてる会社も……。お母さんには迷惑はかけたくない。足が震えている。和樹君は確かにカッコいいし優しい。私も友達として大好きだ。でも、付き合って仕舞えば……。


『宙の好きな人は誰なの?』


『私はね和樹君だね』


『良いじゃん。お似合いだよ』


宙、ごめん。でも、今はそうするしかない。


「和樹君、ごめんね。私と付き合って欲しい。そうしないと私の個人情報が晒されるの。和樹君に拒否権は無いからお願い」


「それなら仕方ないな。俺にも好きな人がいるけど……」


「じゃあ誓いのキスを!!」


瑠璃達が煽ってくる。私たちは本当の恋人では無い。

キスなんて‥‥出来ないよ。


「美香。キスするぞ」


「え……えっと……うん」


唇と唇が優しく触れ合い、和樹君の優しさに包まれていった。宙、ごめんね。何度も謝った。

5秒間、私と和樹君はキスをした。


「おめでとう!!」


私は複雑な気持ちだった。


プルルル プルルル


スマホの電話が鳴り始めた。

相手はお母さんだ。やっと終わったのかな。


「ごめん。電話に出てくるわ」


私は公園を出て、誰もいない静かな所で電話に出た。


「もしもし、お母さん?」


「娘さんですか?総合病院の者ですけど、今、お母さんが病院に運ばれています」


状況が何ひとつ飲み込めない。

お母さんが病院に運ばれている?何で?


「何でですか?」


「交通事故に遭いました」


話を聞いてみるとお母さんは私のために少しでも早く帰ろうとしいた。お母さんの車は急に飛び出してきた少年を見つけて止まろうとした時、間違えてアクセルを踏んでしまった。そして、どうにもできなくなり、

ハンドルを右に切ってコンビニに突っ込んだ。

少年も何事もなく、店員、客にもケガはなかった。ただ窓ガラスの破片が皮膚に刺さり、倒れてしまったらしい。私は急いでその病院に走っていった。ここから走っても20分はかかる。とても遠い事は自分でも分かっていた。でも、お母さんに会わないと。

途中、歩きながらもとにかく前に進んだ。

時計は21時を過ぎようとしていた。

ようやく総合病院の入り口に着いた。

もう息切れが激しく、今にも倒れそうな中、私は病院の中に入って行った。受付に事情を話して、病室に案内してもらった。


「お母さん!!」


病室に入るとそこには笑顔で目を瞑っているお母さんがいた。まるでいい夢でも見ているかのように。隣にいた医者は静かに首を横に振った。家に帰って私は1人でクリスマスケーキを食べた。もうこの家には誰もいない。最悪なクリスマスだ。





嫌な思い出を振り返りながら、私は服を着替えて公園に向かった。今度は何を言われるんだろう。私が公園に着くと、瑠璃達は滑り台の前にカメラを準備して色々と話していた。


「瑠璃、今日は何するつもりなの?」


私はこっそり影から話を盗み聞きした。


「今日は滑り台から飛び降りてもらうの」


「えー。それ死んじゃうよ」


「死んだら自殺として片付けられるから大丈夫だよ」


「確かに。瑠璃、頭良いね」


え……。本当に今日、死ぬの?私は今日、死なないといけないの……。


「あいつ、遅いな」


「今頃、この会話を聞いてビビってるのかな?」


「まあ弱虫だもんな」


笑い声が甲高と響き渡る。

怖い……。死にたいと思っていたけど、いざそうなると怖くなる。明日、宙に会うのに……。

4月1日、宙が入院してからずっと検査や手術を繰り返していた。そして、明日7月1日面会が可能となった。

あの日からずっと会えてない。

クリスマスの日の出来事もまだ言えてない。

正直に言わないといけないのに……。

いつのまにか私は公園から離れていた。


プルルル プルルル


電話の着信を無視して、私は家に戻って、すぐにポストを確認した。何か入ってないかなあ。

よく見ると下の方に短冊が入っていた。

これって……。もしかして……。


『和樹と宙とずっと一緒にいたい。美香』


と書かれていた。これは10年前の七夕祭りの短冊だ。私自身が願ったんだ。

簡単にこの願いを終わらせるわけにはいかない。今年が星と花が降る夜なんだ。絶対に3人で見るんだ。

だからあと1週間、私は生きないと……。


次の日、私は宙と再会して色んな話をした。

でも、クリスマスの事は言えなかった。

私と和樹君が付き合ってるなんて知られたら、絶対に悲しむに決まってる。だからタイミングを見計らって和樹君と別れるしかない。でも……なんだろう。この気持ちは……。宙のために別れないといけないのに、

別れたくない。あれ?もしかして私、和樹君のこと好きなのかな……。背徳感という言葉が頭の中を過った。七夕祭り、私と和樹君の2人で行ってみたい。

宙の恋愛事情はもう私の頭には無かった。


次の日、病院に行くと、医者が静かに首を横に振った。あの日、お母さんが死んだ日と同じだ。

宙、何で死んだの?何で?唯一の友達だったのに。

宙が死んだ時、私の頭に浮かんだのは和樹君の顔だった。もうライバルがいなくなった。

ドクドクドクドク

心臓の音が一気に早くなる。

あれ?私は何で宙が死んだことに喜んでるの?

何で?何やってるの?

そんな自分に嫌気が差してきた。

家に戻ると、机の上には紙が1枚置いてあった。


「今日の夜、公園に来い」


私は外に出て、公園に向かった。

空はまだ青い。太陽が眩しい。公園は運良く誰もいなかった。私は滑り台の頂上まで階段で登り、靴を脱いだ。柵の前に行き、私は体を前に倒した。

宙、ごめんね。こんな友達嫌だよね。

勝手に友達の好きな人を奪って……。

宙が死んだ時、喜ぶなんて……。

今から私もそっちに向かうよ。

7月2日、美香は滑り台の上から飛び降りて意識を失った。和樹と2人で……いや3人で見たかったよ。

最期に星と花が降る夜を。




とあるテレビ局


「ねえ、何でこんなに10年前の短冊があるの?」


「あなたは行ってないの?10年前の七夕祭りに」


「他県から来たので」


「そうか……。あの日は星と花が降る夜だったの」


「短冊は七夕祭りが終わったら燃やすんですよね?」


「例年はそうしてた。でもあの日は中止になったの。途中で……」


「でも中止なんて良くある事ですよね?」


「あの日は奇跡の星と花が降る夜って言われてるんだ」


「奇跡?」


「途中から降り出した豪雨が突然止んだの。

彦星と織姫が出会う事で」

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