第2話 信じること

今日は7月1日。授業が終わった俺は急いで病院に向かった。やっと会いにいける。やっと……。昨日までは面会が禁止されていた。

それぐらい病が進んでいる。

どうせあいつはいつもマイナスに考えるからなあ。どうやって励まそうか。

病院はこの商店街の先にある。

早く会いたい。あいつに会いたい。


「おい、そこの若者」


お姉さんの声が聞こえてきた。

せっかく急いでいるのに……。


「何?」


「お前さんに邪悪な幽霊が取り憑いている。

私が占いでお祓いしてあげよう」


早く会いたいのに……。でもその姿が美しすぎて、俺は見惚れていた。まあ良いか。ついでに今日、どうやってあいつを励ましたら良いかも聞きたいし。

俺はお姉さんに連れて行かれ、占いの館に入っていった。


「1回500円だ」


1回でそんなにお金取られるの?

ただの詐欺師だ。どうしようか。

今、ここで逃げ出すのもアリだけどなあ。


『昔、僕は商店街にある占いの館に行きました。そこで星と花が降る夜に願いは叶うと言われて……』


担任の先生の言葉が頭に浮かんだ。

ここって……もしかして担任が来たところ?

じゃあ受けてみようか。


「お願いします」


お姉さんは水晶玉を見ながら、俺の方をずっと見てきた。


「あなたは明日、この街を去ります。

七夕祭りは中止になり、あなたの愛する人もいなくなる」


え……。何言ってるの?俺の愛する人がいなくなる。

俺の愛する人……。


「この街を去るって‥‥引っ越しですか?」


「はい。そうです」


また引っ越しか……。

俺はあの日、遠くの街に引っ越した。






俺の6歳の誕生日。

お父さんは顔面蒼白で帰ってきた。

せっかくの誕生日なのに……。


「ごめん……本当にごめん」


急にお父さんは正座をして何度も謝りはじめた。


「何があったの?」


お母さんが恐ろしい顔をしながらお父さんに聞いた。


「俺の会社が倒産した……」


お母さんが膝から崩れ落ちた。

その言葉の意味がその当時はよく分からなかった。でも、今なら理解できる。

お父さんは有名会社の社長を勤めていた。

お金も大量に持っている。いわゆる大富豪だった。お父さんはそのお金を全て会社に使い、もっと大きな会社を作ろうとしていた。でも、倒産した。俺の家が一気に貧乏になった。


「この家の家賃ももう払えない。もっと安いところに引っ越しする予定だ……」


引っ越し……。俺が1番嫌いな言葉だ。

せっかく出来た友達にも会えない。

これから会えるかもしはない友達にも会えなくなる。


「いつ引っ越しするんですか?」


お母さんの声はいつもより震えていた。

これから借金を背負って生きていかないといけない。どれだけ苦しいか。


「7月8日。七夕祭りの翌日に出るぞ」


「分かりました」


きっとお父さんも現実から逃れたかったのだろう。もしかしたら七夕祭りで願いが叶うかもしれない。もう1度お金持ちになれるかもしれない。





でも、不思議なことに肝心の七夕祭りを覚えていない。この日は確か星と花が降る夜だったはずなのに。その後、ここに戻って来れたのに。また別れるのか。


「俺はどうしたら良いんですか?」


「星と花が降る夜を信じなさい」


「あなたは何者なんですか?」


「私は……。秘密」


この占いが本当なのか。信じにくい所もあるけど、俺は時計を見た。もう面会の時間が終わるまであと少ししかない。俺は急いで病院へ向かった。病室に入ると宙と美香が仲良く話していた。俺も宙の元に向かった。

それから20分はあっという間に過ぎていった。

もう空は暗く、星も出始めていた。

夜ご飯を食べないといけないな。

今日はお母さんとお父さんが仕事のせいでいない。俺1人で家で作って食べるのも面倒だ。

どこかで食べていきたいなあ。

商店街を歩いていると、ラーメン屋を見つけた。ラーメン屋か……。良いなあ。

ラーメン屋の中に入ってみた。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


元気な店長がやってきた。

このテンションについていけるかな。


「1人です」


「こちらの席にどうぞ」


「はい」


席に誘導され、メニューを開いた。


「今、バースデーラーメンがオススメですけど、誕生日はいつですか?」


バースデーラーメンか。

今日は俺の誕生日だったなあ。


「今日です」


「おお。じゃあ頼みな!!」


「分かりました。きょうが誕生日なので

バースデーラーメン1つ」


「今日が誕生日って最高だね」


「はい」


俺はふと、そのラーメンの値段が気になってメニューを開いてみた。


バースデーラーメン 無料

普通のラーメンの麺5倍。チャーシュー5倍。

おまけのチャーハン。


これは店が赤字になるわ。


「彼女とかいるの?」


急に聞かれてびっくりした。そんな事聞くの?


「え……いませんけど」


「そうか。どうせいるんでしょ?

恋はアタックだよ!!積極的に行きな」


あまりにも店主のノリが良すぎて

ついていけなかった。


「今年の七夕祭り誰と行くの?」


「友達と一緒に行きます」


「友達って女友達か?」


「はい……」


「ハッピーバースデートゥーユー。

はい。できたよ。バースデーラーメン」


それは卵、海苔、チャーシュー5枚、めんま、

ネギの全てが入っており、ボリュームも

普通のラーメンの5倍近くあった。

これで無料は絶対赤字だ。

試しに僕はスープを飲んでみた。

スープは少し濃かったが、美味しかった。

一口飲むと止まらなくて、いつのまにかスープが半分になっていた。もちろん、麺も美味しかった。その食べている時間は本当に幸せで

ただ自分が今日誕生日だと言うことだけ考えていた。


「すいません」


ドアが開き、誰かが入ってきた。


「おお。光輝。また来たのかよ」


振り返るとそこには星野先生がいた。


「先生!!」


「おお和樹君か。ここに食べに来たのか?」


「はい」


それから俺は先生とラーメンを食べながら話を聞いた。


「先生はこのラーメン屋の常連なんですか?」


「毎年、この時期に来てる」


毎年来てるのか……。そういえば先生の誕生日も七夕だった気がする。七夕に先生が毎年通えば、尚更、赤字になりそうだ。


「先生、今年の七夕祭りは開催されますか?」


「うーん。どうだろうね。雨が降る予定だし。

でも、娘のためにも絶対に開催したいね」


娘は星野宙のことだろう。


「俺も宙と七夕祭りに行きたいです」


「いいなあ。光輝には子供がいるから……」


突然、ラーメン屋の店主が暗いテンションで話を始めた。


「俺の息子は10年前に山奥で遭難して……。愛する人のために死んだんだ。俺は本当に息子の事を誇らしく思うよ」


「そうだったな……」


先生と店主のムードは最悪になってしまった。

どうにかしてムードを取り戻さないと。

気がつけば、俺の頼んだラーメンは無くなっていた。


「ラーメン、美味しかったです」


店主は笑顔になり、


「ありがとう」


と言ってくれた。会計を済まして店を出る時に、


「先生、ありがとうございました」


「こちらこそありがとう。宙をよろしくな」


とだけ話して速やかに店を出た。

外に出ると、空は無数の星に包まれていた。

綺麗だなあ。このまま時が止まれば良いのに。


プルルル プルルル


俺のスマホに電話がかかってきた。

相手はお父さんからだ。


「もしもし」


「もしもし、本当にごめん」


あの日と全く同じだ。急に謝ってきた。


「何があったの?」


「俺の勤めてた会社で不祥事が起きて倒産してしまった。だからこれからおばあちゃんの家に行く事になった。お母さんも了承してるから。あとはお前だけだ」


おばあちゃんの家はこの街よりずっと遠い。

電車で2時間はかかる。

僕が居ない時に勝手に決めやがって……。


「いつ引っ越すの?」


「7月8日」


あの日と全く同じだ。

確か10年前の7月7日は星と花が降る夜だったはずなのに。何で俺はあの日の記憶が無いんだろう。

何をお願いしたのかな。

俺はずっと思い出しながら暗い道を歩いていった。





次の日の朝、美香から何件も電話が来ていた。

俺はいつも起きるのが遅いからそれに気づいたのは10時過ぎだった。


「もしもし、何回も電話してきて……。何なの?」


「和樹君……。宙が意識を失った……」


俺は膝から崩れ落ちた。嘘だ。嘘だ。

何度も心の中で否定し続けた。


『ありがとう。私、頑張って生き延びるよ』


そう言ったよね。生き延びるって言ったよね。

七夕祭り一緒に見たかった……。

涙が止まらなかった。

何で?何で?

その時、頭の中に浮かんだのは占い師の言葉だった。


『あなたは明日、この街を去ります。

七夕祭りは中止になり、あなたの愛する人もいなくなる』


愛する人がいなくなる。この占いは合ってたんだ。

もう俺はどうしたら良いんだよ。


『星と花が降る夜を信じなさい』


そうだ。信じるんだ。雨でも大丈夫。きっと開催される。星と花が降る夜を信じるんだ。

そうポジティブ考えようとしていた。でも、事態はさらに悪化する。その夜、テレビでニュースが流れた。


「滑り台の上から飛び降りて女性が意識不明です」


その女性は美香のことだった。

俺にはもう誰もいない……。友達が……。

でも、これで良いのかもしれない。

笑顔で引っ越し出来るかもしれない。

その日の夜は眠れなかった。何度も目を瞑ったが、2人が死んだ事への悲しさの方が大きかった。俺も一緒に死のうかな。


コロン


何かが机の上から床に落ちた音がした。

何が落ちたんだろう。体を起こして、その落ちた物を見に行った。それは彦星のマスコットキャラクターのキーホルダーだった。こんな物どこで貰ったんだろう。


『これで、和樹は彦星だね』


またセリフが蘇る。俺はそのキーホルダーを手に握ってベットに入った。10年前の七夕祭りのとき、俺は何を願ったんだろう。星と花が降る夜に。


ピンポン


突然、家のインターホンが鳴った。こんなに夜遅いのに……。誰だろう?お父さんもお母さんも今日は帰ってこないため、玄関に1人で向かった。

ドアを開けるとそこに1人の女性が立っていた。


「遅くなってすいません。これを届けに来ました」


それは10年前の短冊だった。


「ありがとうございます」


女性は大量の袋を持って俺の家を出て行った。

俺はベットまで短冊を持って行き、表向きにした。


『最期に3人でもう1度、星と花が降る夜を見たい。

和樹』


と書かれていた。最期って何の事だろう?

10年前、誰かが死んだのかなあ。

気がつけば眠れなかったはずなのに、俺は、深い眠りにつく事が出来た。

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