最期の星と花が降る夜に

緑のキツネ

第1話 再び、星と花が降る夜に

私はゆっくりと体を起こして、カレンダーを確認した。今日は7月1日。あともう少しだ。

机の上にあるリモコンで小型テレビの電源を入れた。


「いよいよ七夕祭りが近づいてきました。

今回は流星群と花火の10年に1回と言われる星と花が降る夜です。願い事が必ず叶うと言われています。ぜひ、みんなで行きましょう」


私はずっと見たかった。星と花が降る夜を。

どれだけ綺麗なんだろう?

早く見たいなあ。私はその日をずっと待ち侘びていた。カレンダーにも7日のところに赤い丸をつけている。テレビの電源を切って、私はまた寝転んだ。でも私の寿命はもう僅か。もうすぐ死ぬんだ。

昨日、医者から


「もういつ死んでもおかしくありませんね」


と言われた。もしかしたら今日死ぬかもしれない。明日の朝、死ぬかもしれない。

死んだら人はどうなるんだろう。

寝ている時みたいになるのかな。

寝てる時に死んだらどうしようか。

いつもそんなネガティブな事しか考えていない。星と花が降る夜見てみたいなあ。

私のお父さんが何回も見た事があると言っていた。


そら、大丈夫?」


病室に元気なる声が響き渡る。

きっと美香みかだろう。

美香とは昔からの幼なじみで、いつも一緒に学校に行ったり、映画を見たり楽しんでいた。

私が初めて病院に入院した時も、美香が近くにいてくれた。


「大丈夫だよ」


「どうせ嘘でしょ!!本当はもう寿命が少ないんでしょ!!」


やっぱり美香は勘がするどい。

私がどれだけ嘘をついてもすぐに見抜かれてしまう。今年のエイプリルフールもそんな感じだった。





4月1日、春休みの時、私と美香は映画を見に行くことになった。今日はエイプリルフールだから美香に何か嘘をつこう。どんな嘘が良いかなと映画を見ながらずっと考えていた。

ズキン

その時からだ。頭痛がし始めたのは、

映画を見ながら私は頭を押さえていた。

痛い……。

でも、それを逆に使えば騙せるかもしれない。

映画が終わり、私は美香に


「頭が痛い……」


そう言った。美香は私が嘘をついていると思っているから、本当に痛いとはきっと思ってないだろう。これは勝ったな。

ズキン

痛い……。痛みを我慢しながら私は嘘っぽく演技をした。でも、美香は


「すぐに病院に行こう」


と言って、私を病院に連れていった。

その日からずっと入院している。

もし、あの日、私の嘘に美香が気付いてなかったら、私はそこで倒れていたかもしれない。






「心配してくれてありがとう……。大丈夫だから」


「そうか。あともう少しだよ。宙の誕生日まで」


私の誕生日は7月7日。七夕だ。

誕生日と星と花が降る夜が重なるなんて……。

何て最高なんだ。


「楽しみだな」


「じゃあ七夕までは生きないとね」


「うん」


「これ、ここに置いとくよ」


美香は短冊を私の机の上に置いていった。


「ありがとう……」


「もうすぐであいつも来ると思うよ」


あいつ?誰のことだろう。


「おーい。宙、来てやったよ」


男の声が聞こえてきた。やっと来たか。

彼の名前は和樹かずき

私の中学の頃の初恋の相手だ。

今はもう諦めているけど……。

今から恋愛をしてももう遅い。

それともうひとつの理由は……。


「来てくれてありがとう」


「お前、絶対に死ぬなよ」


「別に私が死んでも悲しむ人なんていないよ……。

私はいつも1人だったんだから……」


「俺と美香が悲しむから生きてくれ」


私の目から涙が出てきた。

そんな事言われても……。体はどんどん悪くなる。

もう死ぬんだからそんな事言わないでよ……。


「私はもう……早く死にたいの」


本音が出てしまった。

ここ数日は生きているだけでも苦しい。

七夕までは生きたかったけど……。もう無理だよ。


「俺、お前の事が好きなんだよ……。

だから退院して一緒に七夕祭りを見に行こうよ」


「冗談でしょ?」


「いや、本気だよ。七夕祭り、早く退院して、一緒に見にいこうよ」


「でも、もう無理だよ……。もう死ぬんだから」


「俺、短冊に書いたから。お前の事を」


「何書いたの?」


「教えたら意味ないだろ!!秘密だよ」


私は和樹の事をどう思ってるんだろう?

胸に手を当ててみると心臓の音が速く大きく聞こえてきた。私も和樹のことが……好きなんだ。

和樹と七夕祭りを回りたい。

一緒に楽しみたい。


「ありがとう。私、頑張って生き延びるよ」


「ああ。根性で生きろよ」


和樹が帰ろうとした時、鞄に何かのキーホルダーが付いているのが見えた。


「待って。そのキーホルダーは何?」


「これは彦星のキーホルダーだよ。誰からもらったかは覚えてないけど……」


彦星のキーホルダーか。織姫のキーホルダーもどこかにあるのかな。


「今日は来てくれてありがとう」


「宙、絶対に生きろよ」


そう言うと和樹は病室をかっこよく出て行った。

部屋の隅で見ていた美香が笑いながら


「生きがいを見つけたね」


それだけ言って帰っていった。

私は机の上の短冊に鉛筆で濃く願い事を書いた。


『もっと生きたい。和樹とデートがしたい』


私はベットに寝転んだ。

窓の外から吹く風に乗せて短冊は外に出ていってしまった。

次の日の朝、私は短冊が机の上に無いことに気づいたが、それ以上にショックな事があった。


「今年の七夕は雨が降るそうです。

七夕祭りは中止になるかもしれませんね」


テレビのニュースに私は目を背けた。

もう生きる意味が無い。

私は鞄からスマホを出してお父さんに電話をした。


「もしもし、お父さん、七夕祭りが……」


「僕も分かってるよ。大丈夫。落ち着いて。

僕が絶対に何とかするから」


お父さんはそう言ってくれた。お父さんは本当に星には詳しい。私が聞くと大体答えてくれる。星と花が降る夜についても話してくれた。




私が5歳ぐらいの時、お父さんと七夕祭りに出かけた。山に登り、そこにレジャーシートを引いて、花火を見つめていた。


「思い出すなあ。あの日の事を」


お父さんが小声で呟いた。あの日の事ってなんだろう?


「何があったの?」


「20年前の星と花が降る夜を……」


「星と花が降るって何?」


「流れ星と花火が同時に起こるんだよ。

本当にすごいんだよ」


その言葉を聞いて私は見てみたいと思った。


「僕が高校生の入学式の時、伊藤光いとうひかりに出会って、そこから同じ天文部に入ることになったんだ」


お父さんの恋話かな?少し気になるなあ。


「もっと聞きたい」


「良いよ。それからデートも沢山したんだけど、文化祭の当日に自殺したんだ」


「何で?」


「文化祭の準備の時から入院をしてて……。

僕に心配されたくなかったから自殺したんだ」


「優しい人だね」


「うん。次の年の七夕祭りで僕は短冊に彼女に会いたいと書いたんだ。で、その年が偶々星と花が降る夜で……。目の前に光が現れて話をしたんだ」


何だか嘘っぽい話だなと疑いつつも、目には涙が溢れていた。


「良い話だね」


「うん。そういえば来年、星と花が降る夜が来るらしいよ」






その次の年、星と花が降る夜が訪れたはずなのに……。私は何も覚えていない。思い出せない。私はテレビの電源をつけて、ニュースを見ることにした。


「今年の七夕祭りは中止になりそうですね。

という事で新企画!!

10年前の願い事叶ってる?のコーナーを作りました。10年前の短冊が今、ここにあります。

それをスタッフが届けにいきます。

あの頃の懐かしい思い出を取り戻してください」


10年前の短冊か……。

私は何を書いたんだろう。


「星野さん、これ!!」


看護師が短冊を持って部屋の中に入ってきた。


「これ、10年前の短冊ですよね?」


看護師は机の上に短冊を置いてくれた。

見てみるとそこには雑な文字で願い事が書かれていた。私の字だ。

看護師は笑顔で部屋を去っていった。

何を書いたのかな。読もうとした瞬間、

ズキンズキン

突然、頭が痛くなった。やばい……。

早く医者を呼ばないと……。固定電話に手を差し伸べたが、届かず私は倒れてしまった。

短冊には


『3人でもう1度、星と花が降る夜を見たい。宙』


と書かれていた。

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