カメのグリーン

鈴木すず

カメのグリーン

「おはよう、グリーン。」

 奈々ちゃんはボクに声をかけた。


 ここは、ひなた小学校の6年1組の教室。

そして、ボクは、この教室で飼われている、カメのグリーン。

(おはよう、奈々ちゃん。)

ボクも首を持ち上げて、奈々ちゃんに挨拶をする。


「奈々ちゃん、おはよう。またカメとしゃべってるの?」

「うん。首を動かしたりして、ちゃんと会話してくれるよ。」

「え、そうなの。奈々ちゃんって、すごいね!本当にカメとしゃべれるんだ。」

 奈々ちゃんは、お友達の輪の中に入っていった。


 ボクの片想いの相手は、初めて会った時から、ずっと、奈々ちゃんだ。

10分休みの時も、しょっちゅうボクを見に来てくれるし、声をかけてくれる。ボクが人間の言葉を話せれば、気持ちを伝えられるのにな。


 奈々ちゃんと初めて話したのは、6年生の始業式の日。奈々ちゃんは教室に入って、窓際でひなたぼっこをしていたボクに気付くと、すぐに近づいてきた。

「先生、この子、名前なんて言うんですか?」

「グリーン。ずっとここの教室で飼われているんだ。」

「グリーン、私は奈々。よろしくね。」

 奈々ちゃんは、いきものがかりになってくれた。いきものがかりは5人いたから、奈々ちゃんはこの5人組でおしゃべりしたりするようになった。

5人はみんないい子だし、よくお世話をしてくれたけれど、ボクは、水の入れ替えの時に優しく持ち上げてくれたり、いつも水そうを誰よりもきれいにしてくれる奈々ちゃんが好きだと思った。


 夏休みも、奈々ちゃんは先生と約束して、しょっちゅうボクの様子を見に来てくれた。エサもくれたし、水の交換もしてくれた。ボクがこの学校に来てからの夏休みで、一番快適に過ごすことが出来た。

奈々ちゃんは、ボクがエサを食べるところを見るのが好きだ。とても美味しそうに食べるからみたい。ボクがひなたぼっこをしているのを見ると、一緒に伸びをして、窓際でひなたぼっこをしてくれる。


 2学期になって、ボクは、奈々ちゃんに好きな人がいることを知ってしまった。女の子たちが、ひそひそ話しているのを、盗み聞きしてしまったのだ。


「奈々ちゃんは誰が好き?」

(ボクって、グリーンだって、言って…!)

 胸がドキドキする。ボクは、思わず、こうらの中に首を入れた。


「ええと、タケルくん。」

「キャー!やっぱり!」

(えー!)

 ボクじゃダメなのかな?なんでボクじゃダメなんだろう?ボクがカメだから?


 タケルくんもいきものがかりだし、タケルくんのことも好きだけど。ボクは、しばらく、タケルくんと口をきかなかった。タケルくんは、気付いていなかったけれど。


 運動会で、タケルくんは、とても活躍したらしい。ボクは、水そうのなかでいつものんびりしているから、タケルくんみたいに早く走ったりは出来ない。奈々ちゃんが、タケルくんの足が速いところが好きだとしたら、正直、とてもうらやましい。でも、ボクはのんびりするのが好きだから…


 そして、ボクがぼーっとしているうちに、時間は経っていたようで、バレンタインがやってきた。奈々ちゃんは、女の子どうしではチョコの交換をするけど、男の子には、タケルくんにしかチョコをあげないんだって。本当にタケルくんのことが好きなんだね…

奈々ちゃんは、ボクのところにやってきた。

「グリーン、ちょっと、手伝ってね。」

と、奈々ちゃんが言った。なんでボクが、タケルくんにチョコを渡すお手伝いをしなければいけないのか。でも、奈々ちゃんのためだからと、気持ちを切り替えた。


「タケルくん、グリーンが珍しくスイスイ泳いでるよ。ちょっと、見てみて。」

「おう。」

窓際で、2人が横に並んで窓に向かってボクを見ていた。すると、奈々ちゃんが、

「ハッピーバレンタインデー」

と、こっそり、タケルくんにチョコを渡した。手作りで、自分でラッピングまでしてある。タケルくんは恥ずかしかったようで、

「ありがと。」

 と言って、耳を真っ赤にしてすぐにその場を離れた。


 ボクのおかげで、奈々ちゃんは、クラスの誰にも気付かれずに、タケルくんにチョコを渡すことが出来た。


 3月が近付いてきて、奈々ちゃんは少し様子がいつもと違う。毎年、6年生の教室のこの時期は、みんなこうなるんだ。ワクワクするような、悲しいような、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになったような気持ちに。奈々ちゃんは、ボクに言った。


「もうすぐ私たちは卒業しちゃうんだ。中学は楽しみだけど、この教室のみんなと、グリーンとお別れするのは悲しいなあ。」

 奈々ちゃんは、みんなと違う中学に行くんだって。いつも笑顔なのに、その日は少し寂しそうだった。中学に行っても、小学校のお友達のみんなと仲良くしてもらいたいな。ボクは、そう思った。


 教室での授業中、ボクも先生の言葉を聞きながら、生徒のみんなと一緒に、一生懸命、問題の答えを考える。小学校は、飽きることがない。

 でも、奈々ちゃんのいなくなる教室は、やっぱり、寂しいな。


 卒業式の日、奈々ちゃんは、1年生の女の子に、花の付いた名札をつけてもらっていた。いつもよりも、少し、緊張しているみたい。


「グリーン、卒業式、頑張ってくるね。」

 ボクは卒業式の会場には行けないけれど、声はちゃんと聞こえるからね。元気に、卒業式の掛け声をあげて、歌を歌ってきてね。応援しているよ。


みんなの掛け声が聞こえてきた。奈々ちゃんは、元気な声で、はっきり掛け声をあげていた。やっぱり、奈々ちゃんはすごいや。


 卒業式が終わって、みんなが教室に戻ってきた。みんなで卒業文集の寄せ書きをしているみたい。

「奈々ちゃん、外で写真撮ろうー!」

「うん、今行く!」


(奈々ちゃん、さようなら。)

 奈々ちゃんは、これから、どんどん歳を重ねて、ボクのことを忘れてしまうのかな。ほんの少しだけでいいから、ボクのことを覚えてくれているといいな。でも、タケルくんのことは、忘れちゃっていいからね。


「グリーン、行くよ。」

(?)

 奈々ちゃんはボクを持ち上げて、水の入った小さなケージに入れた。

「担任の先生が、グリーンを引き取っていいって言ってくれたんだ。これからは、私の部屋に来てね。これからも、よろしくね。」

 ボクは、嬉しい気持ちでいっぱいになった。ボクは今まで、生徒のみんなと仲良くなっても、1年間でお別れしないといけなかった。でも、また、新しい生徒が6年生になって、すぐに寂しさは吹き飛んだ。だから、ボクは知らなかった。ずっとお世話になった小学校を離れる寂しさを。ボクも、今日で、ひなた小学校を卒業する。


 奈々ちゃんは、お友達や先生やご両親と写真を撮っていたけれど、ボクも写真に入れてもらうことになってしまった。


初めて入る奈々ちゃんの部屋。なんと、奈々ちゃんの部屋にはボクのために、大きなケージが置いてあった。岩場も作ってあって、快適に水の中で泳げるし、岩の上でひなたぼっこも出来る。


(奈々ちゃん、ありがとう。)


ボクは、カメだから、あと数十年は、奈々ちゃんといられると思う。奈々ちゃんは、6年生になってから、10センチも背が伸びた。これからも、どんどん大人っぽくなっていくんだと思う。ボクはあまり見た目は変わらないかもしれないけど、奈々ちゃんと一緒に成長していけたらいいな。

そして、いつか、奈々ちゃんに自分の想いを伝えられる機会がありますように。


(奈々ちゃん、ボクはしゃべることはできないけれど、この気持ちが届くといいな。ボクは、奈々ちゃんのことが好きです。これからも、ずっと、ずっと。)


「どうしたの、グリーン?私のことをじっと見て。あ、私が初めて制服を着たから、びっくりしたのかな?」


 無邪気に笑う奈々ちゃんが、ボクは心から好きだと思った。

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カメのグリーン 鈴木すず @suzu_suzuki

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