第6話 いま此処に、悪党は洞窟にいる

 俺の名前はウィル・ダクソン。この町キャティアポーリ―で門兵をしている。

 好きな言葉はマリー。尊敬できる人物はマリー。無人島に何か一つ持っていけるとしたら勿論マリーだ。



 俺はマリーの事をこの世の何よりも愛してるっ!



 今日は南門で仕事をしていたのだが、昼前にママさん三輪車で爆走するマリーにエンカウントした。麦わら帽子を被り、俺のTシャツを着て、可愛らしい長靴まで履いていた。


 話を聞くとlovelyでSo cuteなマリーは海に行くという。いかん!危険が危ない!

 俺はマリーの身を案じ、仕事を放り出してマリーの護衛任務に就こうとしたのだが、マリーは大丈夫だからと言って俺の前から姿を消してしまった。


 焦りと不安で俺は仕事に手が付かなかった。俺は今の生活に特に不満はない。いや、不満など有るはずが無い。可愛い妻との生活に不満などを持ってしまったら、間違いなく俺の死後は地獄逝き待ったなしだろう。しかし、不満を一つ上げるとするならば、この世にはマリーが足りない。


 嗚呼、この世にはマリーが足りない!


 「ウィル~、馬車が来たぞ~」


 こんな一大事に馬車だと!どこまで腑抜けているんだ馬車めっ!


 「はいはい~、そこで止まってくださいね~。身分証…はい、お返しします。少し荷物を見させてもらいますよ~」


 仕方ない、分かってはいるんだ。これは俺が選んだ仕事だ。それにマリーが認めてくれた仕事だ。だから手抜きは許されない。


 俺は自分の職務を全うするべく荷物のチェックをする。これも良し!あれも良し!それも……ふふふ…ふははははは…そうかそうか、そういうことか…。


 「チェック完了。通って良し!(サムズアップ&ダンディスマイル)……ってお前の血は何色だこの腐れ外道奴隷商人が!神器召喚っ!轟け俺の熱い想いっ!≪十閃!≫」


 「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああああ~~~~~」


 虫の居所が悪すぎて十閃斬りをしてしまった…。しかし何故こうも奴隷商人の跡が立たないのか。

 そんな事をするよりも鍬を持って畑を耕せ畑を!全く愚かにもほどがある!


 「ウィル~、奴隷ちゃん達の保護をするから手伝ってくれ~」


 「ああ、すまない」


 俺の名前はウィル・ダクソン。助けた奴隷の一人が某国の貴族令嬢だったなんてことは当然知らない。



▽▼▽



 ベッドに腰を掛ける私。その横で私のワンハンドマスターによってウィルウィルされたウィルが穏やかな眠りについている。

 今日の夕食のメインはブラッディ―サーモンを使ったお刺身と唐揚げだった。それを食べたウィルはまるで子供みたいに喜んでいた。

 隠し味に私がこの世界に降り立ったあの地、魔の森に住むヘブン・ザ・スネークの生き血が入っていることも知らずに。


 「ふふふ…ふははははは!これで明日も勇気リンリン活力ギンギンに門兵の仕事を頑張れるでしょう!ねぇ、アナタっ!」


 「ん~………マ…マリー?」


 「あ、やば、≪スリープ≫」


 「…zZZ………」


 いけない。またしても興が乗って高笑いしてしまった。私はこんな事をしている場合じゃないんだった。

 それは何故かと言うと少し前、ウィルにウィルウィルする前くらいから私の頭の中に女の子の声が聞こえたからだ。

 決して私はヤバい類の人種ではない。ガチで聞こえて来たパターンのやつ。



 『お父様とお母様、それにお兄様達をどうか、どうか…』



 ずっと家族の事を「どうかどうか」と言われてもよく分からない。せめて何があってどうして欲しいのか具体的なことを祈って欲しい。

 まあ仕方ない。何故私に祈りが届いたのかは分からないけど、祈りを捧げている場所は何となく分かるし、気になるから行ってあげない事も無い。


 私はウィルに念の為に朝まで起きる事の無い重めのスリープをかけてから認識阻害を纏い、一人家を出た。




 「私はか弱な奥さ~ん♪私は可愛い奥さ~ん♪そ~んな~♪私の~♪か・ら・だ・は創造神~♪」

 

 私はビルボードチャートの歴史を覆すほどのオリジナルの新曲を口ずさみながら天翔ける。

 私の一歩は山を越え、街を越え、私の愛の巣から約1000㎞ほど離れた所で祈りを捧げる場所を特定した。うん、結構遠かった。



 「シュタッ」


 洞窟がある。この中に居るようだ。私はその洞窟の中に臆することなく入る。すると男の声が聞こえて来た。

 更にそのまま進むと手足を縛られ、口を塞がれた女の子が目に留まった。

 穏やかじゃない。身動きの出来ない女の子は5人の男に囲まれている。そしてゲスで乱暴な言葉を私は聞き逃さない。


 「よくも婚約破棄なんてしてくれたな!」


 デブッちょな男が叫ぶ。その時、何故だか私の頭の中に「悪役令嬢」と「婚約破棄」という言葉が浮かんできた。よく分からないからこの件はそのまま放置する事にした。

 それにしても婚約破棄とは。私はそのデブッちょな男を…≪看破!≫



 鑑定結果 ≪看破結果≫▼

 ダディル・フォン・ロピュエム ≪18≫

 ≪義理を貪る者、屑の筆頭≫

 レベル:5

 状態:激怒

 スキル:≪裁縫音痴(呪い)≫



 何から突っ込んで良いのやら。まず称号の義理を貪る者とは受けた恩をさも当たり前と捉える恩知らずな奴よ。関わっちゃいけない奴!

 もう一つの称号はこれは何だろう。屑の筆頭…屑?クズ?まあいいわ、次ね。

 有効活用できるスキルが一つも無い。あるのが裁縫音痴(呪い)って…ダメだ、笑いたい。声を大にして笑いたい。ウィルの軽度の釣り音痴(呪い)もレアだけど、こいつはある意味激レアすぎる。

 それに18歳にもなってレベル5って、10歳くらいのただの子供でも体力をつける為にランニングするだけでレベル5を超えるのにいったいどんな生活を送って来たんだこいつは。


 これだけだと情報不足ね…≪更に看破!≫


 

 鑑定結果 ≪看破結果≫▼

 ダディル・フォン・ロピュエム ≪18≫▼

 ・ロピュエム家の長男。セシル・ヴァン・ダリオラに一方的な恋をした後に何故か婚約が成立したと勘違いした男。事実無根を突き付けられて自暴自棄になり、セシルが友人宅で花を愛でている隙に金で雇った盗賊達に攫わせた。

 ・妹からゴミ屑を見るような目で見られながらゴミ屑と罵られた。

 ≪義理を貪る者、屑の筆頭≫

 レベル:5

 状態:激怒

 スキル:≪裁縫音痴(呪い)≫



 ちょ、妹辛辣過ぎっ!ゴミ屑扱いされて屑の筆頭なんて称号がついたのね。でも勘違いの豚屑野郎が兄だなんてちょっと同情するわ。


 「坊ちゃんよ、この辺りで俺達は良いだろう?残りの金を受け取ったら俺達はずらかるぜ」


 「また何かあったら言ってくれよ。きっちり金さえ払ってくれたらある程度の事はやるぜ」


 「キキキ、王女を誘拐させるなんて坊ちゃんも俺達と同じ悪人だ」


 「それにしても油断し過ぎだよな。護衛も無しに庭に一人で出るなんてよ」


 いま此処に、悪党は洞窟にいる。

 当然私がいることを知らない男達はペラペラと喋る。私はそれらを聞いて今どんな顔をしているのだろうか。


 「俺を馬鹿にした女は妹と同じように奴隷にして売り飛ばしてやる!その前にこの女は犯してやる!お前達も遠慮はするな!」


 こうしている今も、目の前にいる攫われた女の子の祈りが私に届いている。


 『神様、どうか私の家族を、そしてダリオラの国民を…』


 たかが一国の王女が神様に頼む内容なのかいそれって。頼まれる身にもなってみて欲しいわ。何かあった時にはその身を人質にと教育を受けて来たからこその台詞なのかな。


 勝手に願えばいい。勝手に祈ればいい。そんな物は自由だ。

 私は人を平等に見ない。そう決めているんだ。

 

 「やってしまえ!」


 私は多くは助けないよ。そんなものは国がやればいい。そこに住む人がやればいい。力不足なら隣人に助けを求めればいい。人はそれが出来るのだから。

 ただね、贔屓はするんだよ。だから、縋ってみなよ。誰の為とかじゃなく、自分の為に、命乞いをしてみなよ。



 汚らわしく男達が女の子に手をかけようとした瞬間、新たな祈りが私に届いた。


 『神様助けてっ!!!』

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