第3話 恐怖する私、変態に出会い、全てを知る

 気付いた時には私はボロボロの大きな木造小屋の前にいた。


 それから辺りを見渡すまでもなく、そこが木々に囲まれているのが分かった。

 そんな所に私一人だけが立ち尽くす。当然何故こんな事になっているのかを考える。そして思い出そうとする。

 でも何も思い出せなかった。そう、この時の私は自分が誰なのかさえも忘れていた。



 そして、私は酷く怯えていた。



 一人でそんな場所にいるからではなく、私はとにかくそれとは別の何かに怯えて声を出して泣いた。いい大人が声を出しながら泣くなんて、そんな思いが頭を過ると違和感を覚える。


 その地に立っている足も小さく、顔を覆っていた手も小さく、泣き声も幼かった。


 おろおろと混乱した私の視線の先に、私は更に驚くことになる。

 目の前の木造小屋の窓、そこに微かに映し出された姿。それは私の幼い頃の姿だった。



 あても無く走る。私はあの場所にいる事が怖くなりひたすら走った。

 草をかき分け、木にもたれかかり、地面を搔きむしり、心臓が張り裂けそうなくらい恐怖を感じた。

 そして、どんなに走り続けてもその恐怖から解放されることは無かった。一心不乱に走り続けた事により疲労感に襲われる。そしてその疲労感がこれは夢ではないと私を更に追い込んだ。



 これは現実だと。



 何故、私は小さくなっているのか…分からない。私は何故、小さくなっていると感じるのか。私は私であることは解るのに、私は誰なんだ。


 私は何処に向かって走っているのだろうか。


 どのくらいの時間を走ったのかも分からない。どのくらいの距離を走ったのかも分からない。日は落ちたのか、月は昇ったのか、私は何も分からない。

 小さな体になった私の最後は、小さくはなかったとだけは何となく解っていた。



 「何…よ、これ…こんな…の付き合いきれないわ」



 小さな体の私は幼い声で現状の不満を口にする。するとどういう事だろうか。何故だか心が少しスッキリしたような気がした。

 まるで体の中に溜まっていた毒が抜けたような感覚だ。



 「いい加減にしてよ」



 まただ、また体の中に溜まっていた毒が抜けていく感覚だ。それがとても心地よかった。まるで、それまで溜めに溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのようだった。



 「いい加減にしてって言ってるでしょうがっ!」



 私は心から叫んだ。辺りに私の叫びが木霊する。肩で大きく息をしながら空を見上げると、ちょうど太陽が真上にあった。


 「よく言った」


 私は私ではない声に気が付いて視線を落とす。すると私の前には木々は避け、緑が整えられた場所が目についた。そしてその上には後光を差しながら一頭の大きな熊にもたれかかった髭で顔面毛むくじゃらの全裸のおじさんがいた。


 「もう怖い物は何もない」


 「………きゃああああああああああああ!!!」


 私は髭で顔面毛むくじゃらの全裸おじさんに恐怖して気を失った。



▽▼▽



 パチパチと、小さく可愛らしい音を聞いて私は目を覚ました。


 「起きたか?」


 「…うん」


 「驚かせてすまなかった。だが、安心するがいい。この熊はとても優しい子だ」


 私はその大きくて優しい熊のお腹にもたれかかりながら焚火にあてられていた。そして焚火を囲んだ反対側に髭で顔面毛むくじゃらのおじさんがいる。白い布の様な物を体に巻き付けていて全裸おじさんではなくなっていた。


 私は熊に驚いたのもあるけど、髭で顔面毛むくじゃらの全裸おじさんに酷く恐怖した事は言わなかった。空気を読めるくらいにはこの時の私は平常を保っていた。


 その後はとくに会話もなく、出されたスープや焼かれた肉を与えられ、それを黙々と口の中に入れていった。

 食事が終わり、ふと空を見上げると満天の星空があった。そして満天の星空の中で堂々とした存在感を露わにする二つの月があった。

 私はこのおじさんに聞かなければならない事がある。さっきからずっと体の周りを光り輝かせているこのおじさんに。


 「おじさんは誰なの?私はどうしちゃったの?私は、私を知らない」


 髭で顔面毛むくじゃらのおじさんが私の顔を見る。よく見てみると彫りが深い。その目元はとても優しく、顔半分は髭で覆われているけどちゃんと髭を剃ったら案外恰好の良い人なのかもしれない…ただの人ではないだろうけど。


 「ワシは、この世界の創造神で名はヘファイストスという」


 私はそれを聞いて微かで妙な頭痛に襲われる。


 「お前の名は…真理だ」


 私はそれを聞いた瞬間に激しい頭痛に襲われ、そして耐えられなくて絶叫と共に再び気を失ってしまった。



▽▼▽



 夢を見た。遥か遠く昔の様に感じる夢を。


 私の家の家族構成は父と母と私を含む三人だ。

 穏やかな性格な父親はお酒が入ると決まって国籍が違った母親と結婚する時の苦労話をする。あの時のお義父さんは何々だとか、お義母さんだけは最初から何々だとか。それは愚痴ではなく、自慢と惚気だった。

 そして誰もが目を引く端麗な母親は父親をとても愛していた。私の目の前で容赦なくイチャついていた。そんな両親と私は三人で暮らしていた。


 私は父親、もしくは祖父の遺伝なのか周りの女子と比べると少し背が高かった。そして私の容姿はとても母親に似ていた。そんな私は周りからちやほやされる。

 

 その状況に私は別に鼻を高くしていた訳では無い。寧ろ拒んでいた。しかし、私は自分の思いをハッキリと言う事が出来ない性格だった。

 流されている訳ではない。来るもの全てを受け入れている訳でもない。ただ、思った事をハッキリ言えない性格が、人を寄せ付けてしまう結果になってしまっていた。


 それが原因で私は酷く妬まれるようになる。




 「起きたか?」


 「………」


 「まあ、あれだ…」


 「ねえ、私の最後ってどうなったの」


 しばらく沈黙が続く。私は自分の名前を言われて記憶を思い出した。ただ、最後にどうなったのかが思い出せなかった。

 

 「お前の事はワシとは違う別の神が最初に目を付けていた」


 「私を?」


 「そうだ。お前は自分の性格で招いた事を悔やんでいるかもしれないが、お前の魂は本来とても清らかなモノだった。しかし、その魂に傷が入り、闇に染まっていった。それをたまたまお前が元いた世界に来訪していた外界の神がお前を知り、友でもある最高神に話が行き、最高神からワシにお前を託された」


 「そんな事になってたんだ…私って闇に染まってたんだ。闇落ちってやつ?」


 全部は到底理解出来ない。だけど、後光が差したり体の周りを光り輝かせていたりするおじさんを目の前で見てしまうと、自分の知らない世界を認識せざる得ない。


 「最後はあまりに酷な状況だったからワシがその記憶を消した。神の行いとは言え、すまない」


 そうか、そうだよね。と、私は…知りたくなかった。認めたくなかった。真理という私が死んだことをこの時に知る。


 「私ってお父さんとお母さんに酷いことしたね。あんなに大切にしてくれたのに」


 「お前の父と母にはお前が二つに分たれた後に天啓として事情と伝えてある。更にその二人が天に召された時にはワシと最高神とその友の神の三柱で改めて話をする予定だ」


 「ん?ちょっと耳がおかしくなってるかも。私が二つに?どういうこと?」


 「正しく言うとお前が死ぬ間際、ワシはお前の魂を二つに分けた。本当は肉体ごと救う事も出来たが、別の可能性をワシらは選んだ」


 「え?ちょっと意味が分からないんだけど。なにそれ!?」


 「そりゃーお前、魂丸ごとワシが手にしたら両親からの死者への安らぎの願いが天にいるはずのお前に届かないだろう?だから魂を二つに分け、片割れを作り、それを天に召した」


 「ふぁ?ええと…で、お父さんとお母さんは元気にしてるの?」


 「お前の両親の悲しみはまだ続いてはいるがワシの話を受け入れ、きちんと天寿を全うするだろう」


 「そうなんだ…その、私って死んでからどれくらい経っているの?」


 「お前の魂をワシが持ち帰ってから現実世界では2年が経過している。が、お前の魂は時間が加速された特別な空間で1000年という長い眠りによって本来の輝きを放つようになった」


 「1000年…もしかして私の魂を闇落ちから救ってくれたってこと?」


 「そんな感じだ。それと今のお前は別の誰でもではない。元の血の通った肉体は滅びたが、お前の両親は確かな愛を育み、その結果生まれた魂は今も尚、お前という存在を示している。実質、お前はあの二人の娘だ。それと、お前の片割れのお前とその両親は褒美として天使となり、天界で過ごす予定でもある」


 途中までは凄く良かった。何故か小さくなった私だけど、大好きなお父さんとお母さんとの見えない繋がりのようなモノを感じさせられる話だったからだ。もしその話が嘘だとしても私は嬉しかった。

 ただ、最後のところが気になり過ぎる。


 「天使になるってどういうこと?褒美って何?もう一人の私もそこにいるの?私って一人っ子だったのに双子になったの?」


 「何故褒美を与えるのか。それはお前は神に昇華できる存在だからだ。故にお前の片割れと、お前を生み、そしてお前を育てた両親に褒美を与える」


 まさか私がそんな存在だったなんて。と、私は自分自身の存在に驚く。普通はこんな話なんて到底信じられるはずが無い。しかし、大事な話の場面になればなるほど髭で顔面毛むくじゃらのおじさんの体の周りが強く光り出す。

 話の最後の方では更に輝きを増していく。


 髭で顔面毛むくじゃらのおじさん改め、髭で顔面毛むくじゃらプリズムおじさんだ。


 「私が神になれる存在だとすると、片割れの私も神になれる存在なのでは?」


 「いや、魂を二つに分けたとは言ったが、お前の片割れは闇に染まっていない魂であり、その大きさはごく僅かでしかない。それでは神への昇華は出来ない」


 「そうなんだ…あ!そういえば私の今の体はどうなってるの?」


 「ああ、それはお前が本来持っていた肉体の血からワシが創って魂を受肉させた。今は人間で言うと10歳くらいだろうか」


 「え!10歳!?木造小屋の窓に映った私の姿は4、5歳くらいだったよ。って何これ!手も足も大きくなってるし、あんなだぼだぼに大きかったワンピースみたいな服も縮んでる!」


 「そうだ。お前がこの世界に降り立った時には5歳の体だった。そこからお前は怖くなり森の中を走った。恐怖から逃げ出そうとしたそれは生への執着。その執着が体の成長を加速させた」


 私はあの時どれほど走ったのか分からない。ただ、今よりも体が小さかったのは確かだ。


 「そこでお前には頼みがある。ワシの代わりにこの世界の神をやってくれないだろうか」

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