第2話 送り出す主婦、海な主婦。そして回想へ
「とぅっとぅるんるんる~~ん♪………とぅーわっ♪」
俺の名前はウィル・ダクソン。故郷の町キャティアポーリーで門兵をしている。
「でゅわっ♪でゅわっだだんっ♪でゅわっ♪でゅわっだだだ~ん♪」
朝食のめっちゃ良い匂いと、妻の…オリジナルソング【もっと私にコズミック☆Love】の口ずさみBGMヴァージョンが耳に入ってきて目が覚めた。
俺は町の人達、特に町の奥様方からよく言われることがある。
それは「アナタ達夫婦っていつ見ても仲が良いわね」と。
結婚歴2年の新参者がベテラン夫婦を差し置いて言うのもなんだが、夫婦共々仲が良いには秘訣がある。秘訣と言うか秘技と言っても良いかもしれない。
「ててんててんっ♪ててんてちゅわっ♪ててんててんっ♪ててんてちゅわっ♪」
俺は妻のやる事を尊重する。それが例えオリジナルソングのメロディーに思うことがあったとしても、それを聞いて魘されるように朝起きたとしても、俺は否定も批判もしない。
俺の名前はウィル・ダクソン。永遠の愛を代償に爽やかな目覚めを失った男だ。
▽▼▽
「さて、愛する旦那さまを今朝も元気いっぱい活力ギンギンで送り出した事だし、今日は何をしようかしら」
と、私は姿見鏡の前に立つ。
少し青みがかったプラチナヘア、片手では収まりきらない胸、かといって大きすぎない。ウエストは太過ぎず細すぎず、太ももは抱き心地120%。うん、今日もナイスゴッド!
で、「そうだ、海に行こう」
汚れても良いようなウィルが着なくなったちょっとダサ目のTシャツを着て、そして頭には麦わら帽子。あと長靴…その他必要な物も持って、と。
そしてどういう訳かプライパン制作に命を燃やす程のめりこんでいる叔父さんに作ってもらったママさん三輪車(大容量カゴ付き)に乗ってレッツゴー!
キャティアポーリーの南から海まで歩いて30分。ママさん三輪車で行けばあっという間に着く。
「ママぁ、あのお姉ちゃんまた変な乗り物に乗ってるよ~」
えっそらほっさら町中を爆走していると、子供が私に向かってふざけた事を抜かしているわ。何が変なの!ママさん三輪車とはこの世の英知!
程度がしれた錬金術や生産性の無い爆裂魔法と比べてどっちが優れてるか一目瞭然。
この世界はインターネットは無いけど電気はある。国の上層部の一部は電話も使っている。
だがしかし、なぜ自転車が無い!魔力を必要とする器具が生活に根付きすぎて、それ以外の技術が疎かになっている証拠でもある。
風魔法を使って風に乗って移動ではなく、風の爆裂魔法で自身の体を吹き飛ばして移動するという控えめに言って馬鹿な事をしなくても自転車があれば良いのだよ!
「マリー!」
ねちねちそんな事を考えていたらどうやら町の南門まで来ていた様だ。門と言っても門らしい門なんて無いんだけどね。ただの町の出入口。今日のウィルは南門の当番らしい。
「おつかれウィル」
「そんな恰好でいったいどうしたんだい?」
「ああこれ?これから海に行こうと思ってね」
「そうなのか…一人で大丈夫なのかい?」
「もうウィルったら。私子供じゃないんだよ?あ、同僚さんこんちゃーっす」
「マリーさん、こんにちは~。今日も元気だねぇ」
「何言ってるの。私の元気が無い日は世界が終わる日だけよ。それじゃ、ウィル!お仕事頑張ってね」
ウィルが何か言いたそうだったけど、私はそれを敢えて無視をする。だってウィルって心配性だから付いて行くとか言いそうなんだもん。
そんなのはダメ。この町にはウィルが必要。夜は私だけのウィルだけど、昼間は町の為にウィルの強さを使って欲しい。
そして私はウィルの姿が見えなくなった所で≪テレポート!≫
▽▼▽
「シュタッ」
ふふふ、海は海でも私しか知らない秘密のスポットがある。今日はそんなところに来た!
まず私は適当に砂を漁る。すると直ぐにぴょこぴょこと跳ね回る虫を見つける。そしてその虫を確保して新たな準備に取り掛かる。
そう、私は釣りをする。持ってきた釣り竿の針に確保した虫をサクッとくくり付け、目の前に広がるオーシャンへと――
「こ~んちくしょうがいーっ!」とキャストする。
まあまあ飛んで行った。後は竿を固定する物なんて持ってないから地面の砂にブスリと差す。完璧、何も問題ない。
そしてここでただ魚が掛かるのを待つだけなんて愚かなことはしない。私は異空間収納からある物を取り出す。
それは何かというと、叔父さんに作ってもらったミスリル製の熊手だ。本当は道具類なんて異空間収納に入れたくはないんだけど、物の材質がアレな為に世に出せない!
うっかり人前でこのミスリル製の熊手に魔力を流すと、熊手の先から魔力の爪が伸びてしまい、その様は古代の遺物かなんかと勘違いされてしまいかねない。
ここだけの話、これは神器の類だ。魔力の爪を当てられた岩は豆腐の様に崩れ、海に向かって振り下ろすとそこには道が出来る。
ヤバい奴寄りのヤバい奴。
だから私はこれの管理を…って竿が海の方へと引きずられている!
「ちょいちょいちょいちょい~っ!!!!!」
これはなかなかの大物!引きが強い!
ふははははは!良いでしょう。私のワンハンドマスターが勝つか、猛々しいお魚ちゃんが勝つか、勝負よ!
この世界の人間はワンハンドマスターについて正しい情報を得ていない。ワンハンドマスターとは片手使いの時のみそのスキルの効果が発揮されるのではなく、どちらか片方の手にスキルを意識すると、レベルが最大プラス30される(平均5)
片手だろうが両手だろうがそんな事は関係ない。意識の問題なのだよ!このスキルは意識高い系なのだよ!
レベルを17まで強制ダウンしていようとも、私のワンハンドマスターにかかれば恐れるモノは何も無い!
まずは右手にスキルを意識してワンハンドマスターを発動させる。そして繊細かつ丁寧にリールをまきまきする!
「まき、まき、まき、まき」
今度は竿を握っている左手!焦らず流れに身を任せ、時に大胆に!
「みぎ~~ひだり~~………ここっ!」
そんなこんなを繰り返していると、次第に引きが弱くなってくる。やがて生を諦めて死んだ目をした魚が姿を現す。
「やったー!すごく大きいじゃない」
5、60㎝程の大きさのブラッディ―サーモンがまるでワカサギ釣りの如く枝針に5匹もかかっている。この現象を自分でやっておきながらどうかと思う。そしてこのブラッディ―サーモンはきっとお馬鹿なんだとも思う。
でも切り替える。きっとこういう世界なんだと。
そして直ぐにブラッティーサーモンを程よい冷凍仕様の異空間収納へ。私はなにも魚だけを目的に海に来た訳では無い。
何のために出した熊手なのか。そう、潮干狩りである。
主婦とは時間に追われる生き物だ。計画的に行動しなければあっという間に夕方になってしまう。
なので!熊手でしゃりしゃりと砂をかき分けて貝の捕獲に勤しむ!
「しじみ!あさり!時々はまぐり!」
黙々と、淡々と、独り言を交えながらぼっちな私は貝に情熱を注ぎ、ママさん三輪車のカゴ目いっぱい分を収穫したところでターンエンドだ。
網袋に入れた数々の貝を今度はひんやり冷蔵仕様の異空間収納へ放り投げる。
ふふふ、大量じゃい。
「さて、この後どうしようかな。時間も余ってるし、久しぶりに叔父さんの所にでも行こっかな。うん、そうしよう…≪テレポート!≫」
▽▼▽
「シュタッ」
叔父さんの家兼工房の裏庭に到着。叔父さんは私が住んでいるキャティアポーリーから西の町でフライパン制作をしている。
この町はキャティアポーリーよりも人の出入りが盛んで、私がこの世界で初めて人間の前に姿を現した町でもある。
裏口からさくっと家の中に入っていく私。一件非常識に思うかもしれないけど、裏口のドアは私か叔父さんしか開けられない仕様になっている。つまり、勝手に出入りしても良い許可を得ているのだ。
「叔父さ~ん、きたよー」
カンカンカンカンカンカン…キュキュキュキュインキュインキュイ~ン。
どうやらフライパンが完成したようだ。鉱石をそのままハンマーで五回叩くだけで仕上がるプライパン。その行動に職人としてのやりがいがあるのかはさておき、私を見た叔父さんは「よくきたな」と、それだけを言って再び鉱石を叩く。
折角かわいい姪っ子が来たのだから、少しくらい歓迎してくれても良いんじゃないかと思うかもしれないけど、このそっけないような態度にはそれなりの理由がある。
実はこの叔父さん。出来の良いフライパンを低価格で販売した為に、人気が爆散して制作が追いつかないでいる。超絶人気マイスターは職務を投げ出さずに自らの首を絞めている。そう、誰かをかまっている余裕が無い。
そんな叔父さんの哀愁漂う背中を見ながら、私は叔父さんとの出会いを思い出すのであった。
「次回は叔父さんとの出会いの回想じゃい!」
「うおっ、な、なんだ、いきなり叫び出して」
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