第52話 モブvsファムザの悪霊(その1)


 ◇◇◇



「おお……おお!! クハハハハッ!! この反応、成功だ!! ついに私はやり遂げたぞ!! 早く降臨されませ我が君!! さあ! さぁ!」



 両手を掲げたサンディ──否、ファムザは狂った様に笑っている。どうやら魔法陣に描かれた術式は、ヤツの思い通りに発動を始めたようだ。


 そうして観察を続けている間にも、魔法陣の放つ光はどんどん強くなっている。呪いの人形からは徐々に黒い煙が噴き出し始め、やがてそれは少女の身体に巻き付くようにして広がっていった。



(うぉおおおおッ!? やばいやばいやばいやばい!! これは明らかにイマ止めないとヤバいッ!!)



 とにかく何かアクションを起こさないと、サンディはこのまま帰らぬ人となるだろう。


 そればかりか、デュモスとかいう悪魔までもが召喚されそうになっている。悪魔のチカラなんて、全くの未知数だ。だが少なくとも、憑依されたサンディより……なんてことはあり得ないと考えていいだろう。


 もしそうなれば、俺ではもうヤツを止められる確証がない。



(ッくそ! どうすればいいッ!?)



 既に発動した魔法陣を停止させる術などわからないが、それでもいまは俺にできることをやるしかないのだ。という選択肢は、既に俺の頭から抜け落ちていた。



 俺は右手を突き出し、無我夢中で最大出力のスキルを発動する。




「うぉおおおお!! 全っ開ッ! 吐きッ……出ぁあああすッ!!!!」



 ──ドドドドドド……ドッパァァァンッ!!!!



 その瞬間、俺の右の掌から大量の白い液体が噴き出した。


 最高速で射出されたそれは、サンディの身体を包み込んでいた黒煙を一瞬で吹き飛ばす。ものすごい反動だ。俺は慌てて左手で右腕を抑えながら、未だ強く妖しい光を放つ魔法陣に狙いを定める。



「なッなんだ!? おい、ヤメロ!!」



 儀式に乱入した俺に向けて、ファムザが叫んだ。だけど、ここで止まってやる馬鹿がいるかよ!!


 俺は構わず、魔法陣に向けて再度スキルを発動する。



「全力でイカせてもらう! 邪龍息吹ウロボロスブレス!!」



 ドッパァァアアン!!!!



 右手から超高圧の液体によってあっという間に術式は崩れ去り、魔法陣はやがてその光を消失した。



(どうだッ……? 間にあったか!?)



 俺はすぐさま鑑定を発動させる。


 サンディのMPはごっそり減って半分ほどになっていた。しかし、その状態は《憑依・ファムザの悪霊》のままである。説明欄にもデュモスなる悪魔のことは一つも書かれておらず、ステータス値も先程と変化はない。


 つまり──悪魔召喚の妨害は、どうやら成功したらしい。




「そんな……そんなぁあ!!」



 陣の中心では、ファムザが目を見開いたまま震えている。目の前で起こった現象に対して、とても納得できないのだろう。直後、彼は唐突に我に帰ると、グルリと向きを変えて俺を睨みつけながら叫んだ。



「ぐ……ぎぎぎ……貴様ぁあああ!!!?!!」



 ファムザの表情たるや、まさに鬼の形相……いや、悪魔の形相か?? あ、それは失敗したのだったね、はっはっは。



 既に俺のステルスは解除され、ヤツからは俺の姿が丸見えになっている。


 ファムザは忌々しげに俺を睨みつけたまま、早口で捲し立てる。

 


「我が悲願、デュモス様の降臨を妨げるなど、あってはならぬ! あってはならぬぅうううう!! おまぁぇえ、いったい何をしたぁああ!!」



 何を……? 何をってそりゃあ……



を、思いっきり嘔吐しゲロッた!!」



 名付けて、邪龍嘔吐ウロボロスゲロス! ……ちがう、息吹ブレス!!



「う、馬のちちち……乳だとぉお!? く……臭い!! ぎぎ貴ッ……貴様ぁああ〜〜!! 神聖なる我が主人の依代に向かって、何たる不浄なものをぉお!!」



 当然、ファムザは激怒している。そりゃあ怒るのも無理はない。だけど俺も必死だったんだ。


 本当は高圧洗浄機よろしく魔法陣を消し飛ばすだけのつもりが、間違えてサンディの身体にまでぶっ掛けちまった。



 少女の衣服はぐっしょりと濡れて身体に貼り付き、裾からは白濁した液が滴り落ちている。


 ……ああッ……何ということでしょうッ!! これではまるで……ッ──(自粛)!!



 俺はファムザを指差しながらポーズを決め、吐き捨てるように応えた。



「不浄なのはどっちだ? 酒は古来から神と人を繋ぐ役目を果たしてきた。いわば、神聖な飲み物だ。悪魔と契約しても民草は救えやしない。まして、お前の妻子は戻ってはこないぞ! 義賊ファムザ!」



五月蝿うるさ五月蝿うるさい!! 吐瀉物ゲロをぶち撒けておいて知った風な口を利くんじゃない!! この下劣で恥知らずな売女ばいためが!! 裏切りの代償は必ず払わせないと気が済まんのだ!! この国に、私を裏切った国民共にぃぃいい!! 許さん、絶ぇッ対に許さんぞぉおおお!!!!」



 ファムザは胸元から血に塗れた短刀を取り出すと、一瞬で俺の間合いに入って横薙ぎに振り抜いた。俺は咄嗟に背後に跳んで躱したが、流石に俊敏はやい。



「その身体、ズタズタに切り裂いてやる!!」


 ファムザの目はバキバキにキマっていて、もはやその顔にサンディの面影は全く残されていない。



(こ、怖ぇ……ッ! でも、動きにはなんとかついていけそうだッ!)


 続けて高速で繰り出された連撃も、俺は危なげなく躱す。

 ステータスだけ見れば、俺の敏捷値はファムザより倍以上も高いのだ。


 しかし、問題はある。


 反撃したいとは思っても、どうやって隙へ潜り込んだらいいのかがわからないのだ。格闘技の経験なんて当然ない俺には、ステータスに任せて大袈裟に回避を繰り返すことしかできなかった。


 久しぶりに戻った人型にも、まだ感覚が慣れきっていない。



(ああッ! こんなことなら、通信空手でも習っておけばよかった!!)



 そうは言っても無いものはない。俺は次の一手を必死で考えながら、ひたすら逃げに徹する。お互いに決め手を欠いた状況が続き、痺れを切らしたファムザがついに叫んだ。



「逃げてばっかりいるんじゃねぇ!! 殺す殺す殺す絶対に殺すッ! ひん剥いて、殺して、肉を削ぎ、お前の血でもう一度召喚の儀を行ってやる!! いつまでもそうしていられると思うなよ!!」



 ファムザがそう口にしたと同時、彼の背後に紫紺の人魂が4つ浮かび上がった──



 ◇◇◇

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