第47話 キャラバンの災難


 ◇◇◇



「ここで野営の準備をしてからすぐ、僕はコブと一緒に水を汲みに行ったんだ……」



 ロッチは、キャラバンで起こった事件についてポツリポツリと語り始めた。



「コブが何も持たず先に走って行ったから、僕は二人分の水桶と天秤棒を担いで追いかけた。沢に着いた時には、コブはもう川で水遊びをしていたよ。

 僕たちは水汲みの後で毛長牛の面倒を見るように言われていたから、すぐに僕はコブに戻ってこいって言ったんだ。そしたらコブがずっこけて全身ずぶ濡れになっちゃった。僕よりちょっとだけお兄ちゃんのくせに、コブったら、本当に僕がいなきゃどうしようもないんだよ」



 不満を言いながらも、ロッチは何処か嬉しそうな口調で語る。



「それで、その水場で何かあったのか? 例えば魔物を見たとか」



「あ……えと、ううん、違うんだ。それで僕は持ってたハンカチを取り出そうとしたんだけど、ポケットから出てきたのはだったんだ。

 すごく不気味で嫌な雰囲気だったから、すぐに捨てようと思ったんだけど……それを見たコブがお姉ちゃんにあげようって言い出して……」



 そこまで語った後、ロッチはぶるぶると震えながら涙声になった。確かに気味は悪いが、それだけでは説明がつかない。その人形には何かある。俺はそう直感した。



「真っ黒な人形??」



「うぐ……ぅ、うう。あ……あんなモノ、あの時川に捨ててしま……ッえば良かったんだ。そうすれば、キャラバンの皆んなが……こ……こんなことには……」



 ロッチは思い出すのも辛いようで、時々声が詰まる。いよいよ話が聞き取りづらくなってきた。



「待ってくれ、その後何があったんだい? その人形が人を襲ったのか??」



 俺はロッチに尋ねるが、首をぶんぶん振るだけでしばらく彼はうまく言葉を発することができない。落ち着くのを待つしかないかと思った時、後ろから声が聞こえて来る。



「そこからは、俺が話すよ」



 振り返れば、コブが目を覚ましていた。

 いつから起きていたのかはわからないが、どうやら初対面であるはずの俺たちに警戒心を抱いているような感じは受けない。



「コ……コブゥゥウ!! ウワァァァ……」



 いよいよロッチは我慢しきれなくなって、お兄ちゃんであるコブに抱きついた。コブはよしよしとロッチの頭を撫でながら、俺の方を見つめて言った。



「トモエさん……で、いいのか? 俺を助けてくれたんだろう? 意識は殆ど無かったけど、ロッチと話をしているのだけは所々聞こえてたよ。ありがとう、俺を治してくれて。俺に出来ることがあれば……」



 コブはロッチと同じく謝礼をしたいと言いかけたが、俺はその言葉を途中で遮る。



「ああ、ロッチにも言ったが気にしなくていい。私も旅の途中で、たまたま心得があったから助けたに過ぎないのだから。特になんの謝礼も必要ない」



「あんた、無欲なんだな。助かるよ」



 コブはにこりとチカラなく笑った。



「まあ、自分のことは自分で何とかできるからね。さあ、続きを聞かせてほしい」



「ああ、わかった」



 そう言うと、コブは俺たちに事の続きを語りだす。



「ロッチが捨てるなんて言うから、俺はロッチからその人形をひったくってポケットに入れた。だけどその人形は……たんだ」



「呪い……か……」



 前世でもそういう類の怪談話はあったが、あまり得意な方では無かった。


 怨念や悪霊の類の話には何故か見たことのある景色や、顔を知っている人が出てくる様な気がして、ついつい身の回りの現実と重ねてしまうからだ。


 すると、本当に何でもないような一人でいる時間にどうしてか、そうした存在が側に来ているのではないかという妄想が湧き上がるのである。そういうときの悪寒はものすごく苦手だ。



(ん〜、だけどこの世界には精霊種なんてのも居るからなぁ。単なる妄想……ってわけじゃないんだろうな)



「水を汲んでから野営地に戻ると、皆んなは宴会の準備のために出掛けてた。サンディお姉ちゃんもね。俺はずぶ濡れになった服を乾かすために、その辺の岩に引っ掛けた。ポケットにあの人形を入れたままね。ほら、あそこの岩だよ」



 コブが指差す方を見れば、乾いた血のついた岩がある。



「それでしばらく毛長牛の世話をしていたら、俺たちはすっかり人形のことなんて忘れちまってた。夜になって宴会が始まると、もう思い出すことさえなかったよ。


 最初に団長が疲れたってテントに戻って、そしたら他の皆んなもポツポツとテントに戻って行った。最後に残ったのは俺とロッチ、そしてサンディの三人……皆んなが先に寝ちゃったから、しょうがなく俺たちは火の番をしながら交代で休むことにしたんだ。最初はサンディの番だった」



 何だかいよいよ怪談話っぽくなってきたな……


 横を見れば、セレーネはドキドキした風でコブを見つめている。

 めっちゃくちゃ「ワッ!」ってしたいけど、やめとこう。



「その時、俺たちと入れ違いにキールが天幕から出て行った。サンディと一言二言会話をしてから、キールは茂みの中に消えていったんだ。たぶん、用を足しに行ったんだと思う」



(キール……確か、岩場で見つけた首を切られて死んでいる獣人がそんな名前だったな)



「最初は全然気にしてなかったんだけど、どうにも寒くて眠れなくてさ。その時、俺は上着を干しっぱなしにしていたことに気がついたんだ。流石にもう乾いてるかもしれないと思って、俺はもう一度服を取りに外へ出た。そしたら、火の番をしていたはずのサンディが居なかった」



「サンディが?」



「……うん。それでそのまま、まだ少し濡れてた服を焚き火で乾かしながら、俺はサンディが戻ってくるのを待ってたんだ。そしたら……」



 ゴクリ。誰かが唾を飲み込む音が聞こえて来る。

 


「血まみれのサンディが戻って来たんだよ……キールの消えた茂みから。あの、呪いの人形を握りしめて」



「ッ違うよ!! サンディお姉ちゃんはそんなことしない!!」



 コブの言葉に、ロッチが叫んだ。



「見たんだよ俺は! 背中の傷も、サンディにやられたんだ! コブも見ただろう!?」



 コブも負けじと叫ぶ。でも、信じたくないのだろう。その顔は苦しそうに歪んだままだ。


 サンディという獣人の少女のことは、俺も昨日隠れて見ていたからわかる。キャラバンの隊員達を家族の様に扱っていたし、とてもそんなことをするとは思えない。



 でも……と、コブは再び口を開いた。



「アレはサンディじゃなかった……。もっと別の、サンディの姿をした何かだったんだ……きっと、あの人形には悪魔が憑いてた。呪われたんだよ、サンディは」



 コブはそう言って、悲しそうな顔で俯く。

 すると今度は、ついにウェェ……と弱々しい声を出してロッチが泣き始めた。セレーネが近づくと、ロッチはぎゅっとセレーネを抱きしめて、そのままわんわんと泣いていた。



「大丈夫。……大丈夫よ、ロッチ」



 人間嫌いはどこへやら……。セレーネは、すっかりロッチに同情してしまったようだ。



 それにしても……



「呪いの人形……」



 言い知れない程の悪寒を肌に感じつつ、俺は一人呟いた。



 ◇◇◇

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