第48話 モブとコブ


 ◇◇◇



「トモエ、この子たちがこんなに慕っているお姉さんが仲間を手にかけるなんて、私もちょっと信じられないかも……。だとしたら、やっぱりその人形には何かあるのよ。サンディちゃんの呪いを解くことはできないのかな?」



 難しい顔をしたセレーネが俺に尋ねる。


 呪いの類がこの世界に存在するのかどうかはわからないが、そんなものがあったとして、それを俺が解呪できるとは思えない。スキルにもそれらしいものは無いし、俺が生前、除霊やお祓いに詳しかったというわけでもないからだ。


 とは言え、見てみないことにはなんとも言えない。



「ううーん、サンディ……あるいは、その呪いの人形そのものを鑑定できれば何かわかるかもしれないけど……。いまのところ解決の手段までは思いつかないな」



「……鑑定ッ!? あんた、鑑定持ちなのか!?」



 コブが俺の言葉に反応した。



(しまった、確か鑑定はレアスキルだったんだっけか……? こんなにあからさまな反応をされるとは)



「……何だ、鑑定ってそんなに珍しいスキルなのか?」



 俺は動揺を見せないように気をつけつつ、コブに問いかける。



「え? ああ、知らないのか? 鑑定っていえば俺たち商人には喉から手が出るほど手に入れたい超絶レアスキルの一つさ。とはいえ、持ってるやつに会うのは初めてだけど。そいつがあれば、普通の商人が何年もかかって身に付けるはずの目利きの勘や経験をあっという間に手に入れちまう。正直、羨ましいぜ」



「そうなのか?」



「うん。その他にも料理人とか医者とか薬師とか……国の諜報員エージェントなんかにも鑑定持ちが重宝されるらしいって聞いたことがある。だからそのスキルのことはあんまり簡単に言いふらさない方がいいよ。このまま旅を続けたいならね」



 なるほど確かに、目にしたものの良し悪しだけでなく、その素性とも言えるステータスまで覗き見ることができる鑑定は、それらの職業にとっては凄まじく有用なスキルだ。


 コブの言葉どおり、俺がこのスキルを持っていることが知られれば、言い寄って来る輩は大勢いるに違いない。


(もともと龍の姿から人型になれるとは思ってなかったからな。今後は自分の言葉にも注意していかないと、思わぬところで足元を掬われるかもしれないな……)



「コブすまないが、このことは黙っていてくれるとありがたい」



「もっちろん! このコブ、こんな見かけナリでも商人の端くれ。商人は何より信用第一ってのがこの商会サンディ・リゾンのモットーだからな、生命の恩人を売るような真似は絶対しないぜ!」



「そう言ってもらえると助かるよ」



「……でも、そしたらもうひとつだけお願いがある」



 コブは真剣な顔で俺を見つめ直し、言葉を続けた。



「トモエさんに、サンディを止めるのを手伝って欲しいんだ!」



「……何だって?」



 サンディを止める? それはつまり、この災難の現況と対峙するということだ。



「サンディが豹変した原因は、あの人形に間違いないんだ。だから、その鑑定であの人形の弱点を探してよ! 呪いの解き方がわかれば、僕たちでも何とかできるかもしれない。お願い、トモエさん達が手伝うのはそこまでで構わないから」



「……ッ!? そんな、子供だけでは危険だろう。だいたい、サンディが何処にいるのかわかるのか?」



「それは任せてよ! 俺たち獣人は鼻が効くのさ……ましてや、サンディお姉ちゃんの匂いならバッチリ覚えてるぜ!!」



(ううむ、サンディを追いかける……か。いまのところ、俺たちは拠点としているあの谷からそう離れるつもりはなかったんだが……)



 俺もセレーネも外の世界にはまだ不慣れである。ましてや危険を承知で厄介ごとに首を突っ込むのは本来避けるべきだ。


 どうしたものかと頭を悩ませながらセレーネの方を向けば、彼女は既に意を決した顔で俺を見ている。



「トモエ、どちらにしろこの子達を二人だけで街道に置いておくことはできないわ。何処かの街に送り届けてあげないと、ここで見捨てたことと何も変わらないもの。キャラバンの人達もここに戻ってくる様子はないし、二人を手伝ってあげましょう」



「うう〜ん、セレーネがそこまで言うなら……」



「僕たち、しばらくトモエさん達と居ていいの!?」



 セレーネと俺のやり取りを聞いて、ロッチも声を上げる。



「ああ、そういうことだ。とはいえ、まずはここを片付けないと。夜盗なんぞに見つかってしまえば、お前たちの積荷は間違いなく荒らされてしまうだろうからな」



 俺は、周辺に散らばったキャラバンの積荷を見て2人にそう告げる。



「あ……そういえば……」



 コブは我に返ったように野営地の惨状を思い出す。ロッチも、不安そうな顔でセレーネに問いかけた。



「ねえ、亡くなった仲間は何処へ行ったの?」



「……え? ああ、それは……」



 セレーネはあたふたしながら俺を見る。



「私が葬っておいた。野晒しにしていたら野生の獣達に食い荒らされ、最悪アンデッド化する恐れもあるからな。亡くなった仲間達の名は、葬る前に調べてここに記しておいたぞ」



 俺は予め用意して置いた言い訳を口にしつつ、自分が取り込んだ獣人達の名前を記したメモを二人に手渡した。それはそうだ、まさか食べちゃいましたなんて口が裂けても言えない。



「キール、バロウ、モロク……ダグに……ナムラも。随分殺られちまった……」



「うう……コブぅ……」



「泣くなよロッチ、ほら、もしもこんなことになったら、次の街で落ち合うってのが俺達の決まりだろ? 生きてる皆には、きっとそこで会えるさ。それに、このメモに隊長の名前はない。もちろん……サンディも。あの2人さえいれば、俺たちはまたやり直せる」



 コブはまた泣き出しそうになったロッチの頭に手をやると、大丈夫だと声をかけてやっている。自分も辛いだろうに、本当に良いお兄ちゃんである。



「トモエさん、俺たちが運んでいたのは殆ど食材ばかりなんだ。とても俺たちが手で運べるような量じゃないし、ここに置いていくしかないよ」



「……そうか? 良ければ、私が一時的に収納しておくことは構わないが?」



「え?」



「私も魔法使いの端くれだからね、これくらいの荷を持ち運ぶなんて余裕なのさ」



 そう言って、俺は散らばった荷物の一つを《丸呑み》した。

 もちろん、掌から出る光に呑み込ませた形だが。



「そ……それって……まさか、無限収納インベントリ!?」



「ん? いや、ただの簡単な収納魔法だが?」



 嘘である。魔法でも何でもなく、これは単なるウロボロスの固有スキルだ。


 だが俺がそう言い終わるか否かのところで、コブは俺の目の前にスライディングしながら土下座の形で滑り込んで来た。


 すごい、異世界でまさかスライディング土下座が見られるとは。



「トモエさん、いや、お師匠!! 弟子にしてください!!」



 ……え?



「超絶レアスキルの鑑定に、何でも持ち運べる収納魔法!! 商人にとってこんなに恵まれた才能を持った人に、俺は初めて出会いました!! 是非、弟子にしてください!!」



 ……え? あ、いや。え??



 こうして、俺は何故かコブに非常に懐かれてしまったのだった。



 ◇◇◇

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