第45話 モブと天使と傷と嘘


 ◇◇◇



(それじゃ、治すぞ? 要領は、心の中でイメージしながら唱える。で、いいんだな?)



『はい、肉体の損傷修復に必要な経験値量は、頭の中でそのイメージができた時点でぼんやり把握できると思います。あとは、発動のトリガーとして再構築リビルドと唱えるだけです』



 問えば、ラブリエルは直ぐに俺が必要としている情報を提供してくれた。



(わかった、やってみる)



 俺は頭の中でコブの身体の修復をイメージする。その瞬間、視界に身体を半透明にさせた獣人の少年──コブの姿が浮かびあがった。



(おお、異空間の中ってイメージすればこうやって見ることができるのか?)



『……え? あ、はい。私もウロボロスになったことは無いのでわからないですが、見ることもこともウロボロスの自由のはずです。ウロボロスの喉の奥に繋がっている異空間は、ウロボロス自身が生み出した特殊な領域ですからね。基本的に、想像力イメージ次第でどんなルールも適用できますよ』



(……例えば?)



『んー、時を止めたり、逆に早めたり。あとは……一面お花畑にしてみたり??』



(そんなことができるのか!? お花畑にはしないけどね!?)



 俺は改めて自分の持つ能力の可能性に驚く。



『ええ、可能です。ただし、其処そこはあくまでウロボロスのお腹の中、例え時を止めようとウロボロスが死ねば異空間も、その中にあるものも失われてしまいますけれども』



(うう〜ん、使い方次第では如何様にも化けそうな能力だが……なあ、ラブリエル。俺みたいなのをそんな大層な能力を持つ龍に転生させて、本当によかったのか?)



 ラブリエルの説明を聞く限り、ウロボロスの持つ能力はかなりチートじみている。正直、俺の魂如きが入っていいようなでは無いような気がした。



『う〜〜ん。まあ……そうですね。なんと言いましょうか、その器に適正を持つものはとても少ないのですよ。かつて主役級スターの魂を持つウロボロスをこの世界に誕生させたことがあるのですが、その時は文字通りあと一歩のところで世界が滅びかけましたからね』



(……ッ!? マジかよ)



『ええ、マジです。ですが、萌文様は端役エキストラですし、何よりお優しい方ですからね。その器のチカラを必ずや良き方向に使っていただけると信じております。こう見えて、信頼してるんだぞッ! テヘペロ!』



(ッいや! テヘペロじゃねーから!! ウロボロスがって呼ばれてるのも大方おおかたそれが原因だろうが!! 超大国の討伐対象種とかに指定されてないだろうなッ!?)



『あ〜〜……。いやそれは……、どうでしょう?? まあ、先代も先々代も終生大人しく過ごされてましたし、大丈夫では??』



(大丈夫では?? じゃねーよッ!? そこは間違いなく大丈夫と言ってくれよッ!?)



『あっはっは〜! 天使は嘘がつけませんので〜』



(いつもの軽率な発言はですからとでも言いたげな雰囲気だな!?)



『失礼なッ!? 私はいつだって嘘はついていませんよ? ちょっと色んな見方はできるのかもしれませんが、真実を語る口しか持ち合わせておりません』



(……あれ? この前この会話は自動音声ですとか言ってたアレは?)



『あ〜……。あれは、自動音声を流していたのですよ!!』



(む、無理があり過ぎるッ!!)



『さあさあ〜、そんなことはいいから早くその獣人の子を治してあげるのです! どんだけ道草してるんですか〜』



(……わかったよ。とにかくまずはコブを治療しよう)



 俺は改めてコブの方へ意識を集中し、背中の傷の具合を確かめる。



(うん、傷は骨までは達してないな。筋肉をつなぎ合わせるイメージ……それと、流れた血も元に戻さないと)



『あれ? やけに具体的にイメージできてますね?? とても初めてとは思えません』



 そうしてイメージしていれば、ラブリエルが不思議そうな声で問いかけてくる。



(ああ、昔怪我したエルフを世話してた時に、ちょっと調べてな)



『……そうでしたか』



 俺の答えを聴いたラブリエルは、なんだか少しだけ嬉しそうだ。



(必要な経験値は……うん、200程だな。レベルダウンはしないで済みそうだ)



『では、そのまま再構築を発動させてください』



(よし、やるぞ……)



再構築リビルド!」



 俺がそう唱えた瞬間、俺の視界の中で浮かんでいたコブが光に包まれ、瞬く間に背中の傷が塞がっていく。



(よし、成功だ!)



『やりましたね萌文様! では、続けて手を下に向けて吐き出してください。丸呑みの時とは反対に、手で押し出す様なイメージです。これはそれほど難しくはないと思います』



(こ、こうか? 吐き出す!)



 俺が心の中でスキルを念じれば、掌から再び半透明の蛇のエフェクトが出た。それは地面に横たわると、すぐに光となって消える。


 そして光が消えた跡には、獣人の少年──コブが横たわっていた。もちろん、彼の背中には傷跡すら残っていない。



『ふう、これで治療は完了です。多少はおチカラになれましたか?』



(ああ、ありがとうラブリエル。感謝してるよ)



『えへへ〜。そうでしょうそうでしょう。それでは、あとはレベルをできる限り上げておいて下さいね。このペースで経験値を消費し続けたら、すぐにレベルが枯渇しますから』



(ええ〜と、なんだか暫く会えない様な口ぶりだけど、レベルが上がったらまた出てくるんじゃないのか?)



『もう十分お話できましたのでその必要はないでしょう?』



(うん、まあ……ないっちゃないけど……)



『あらら?? 萌文様、もしかして寂しいのですか?』



(そ、そんなことないわい!!)



『え〜〜。そこは素直に寂しいと言って欲しいです』



(はいはい。寂しい寂しい)



『あ〜、めっちゃざつうッ!?』



(あ、ラブリエルそれと……俺の傷の場所。移してくれてありがとう)



『あ〜、それですか? ええ、まあ消せはしませんが、私が丹精込めて仕上げた美少女のお顔に傷はつけたくなかったですからね。可能な範囲で移動させておきました。容姿を確認する手段がなかったからお気づきじゃなかったのかもしれませんが、龍型の時からその傷は萌文様の首の下あたりにあったのですよ?』



 ラブリエルはそううそぶいた。ラブリエルが何故そんなことをしたのか、俺には他に少しだけ心当たりがあったが、彼女がこう言っている以上、それを口にするのは野暮というものだろう。



(はは、なんだ。お前の都合かよ)



『ええ、私の都合です。だから、お礼は必要ありませんよ』



(いや、それでもありがとう。またな)



『ええ、次のレベルアップまで、暫くさよならです萌文様。ではまた……』



 そう告げてラブリエルは消えていった。



 なんだかんだで世話焼きな天使だ。


 知らない風を装ってはいたが、俺が額の傷をトラウマに感じていたことに気がついていたのだろう。つまり、これは彼女なりの優しいなのだ。



 その後、行き倒れた残りの獣人達を取り込んで俺はレベルを5まで戻すことができた。



 その時のレベルアップに、ラブリエルが意気揚々自動音声をかたりながら突撃してきたことは言うまでもない。彼女はお役立ち情報〜などと言いつつ好き勝手に世間話をしてから去って行った。



 あいつ、やっぱり暇なのか??



 ◇◇◇

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