第37話 モブと襲われたキャラバン


 ◇◇◇



「はあ〜、すっきりした。じゃ、行こっか」



 しばらく経って、セレーネは俺の横腹をつつく。

 思いっきり泣いて満足したのかその表情に曇りはない。



「……うん、行こう。キャラバンの野営地は向こうだ」



 俺は敢えて彼女の涙の理由は聞かない。

 尋ねるのは野暮ってもんだ。


 俺は首を振ってセレーネに行き先を伝えると、目を凝らして野営地の方向にある熱源を探る。薄っすらとだが、幾つかの熱源が確認できた。まだ彼等は移動してないらしい。



 セレーネに寄り添いながらも空間認知と温度感知で周囲の警戒はしていたが、魔物らしき存在は確認できなかった。



(う〜ん、やっぱりセレーネの気のせいだったか? とはいえ、ステルス状態は解かないでおくことにしよう)



 俺とセレーネは、ゆっくりと丘を下っていった。



「トモエ、野営地はまだ遠いの?」



 しばらく進んだところでセレーネが問いかける。



「いや、もうすぐ近くのはずだ」



「おかしいな、全然話し声が聞こえてこない。トモエの話だと結構な大人数って聞いてたのに……」



 それは俺も感じていた。まだ朝方と言っていい時間帯ではあるが、それにしても静かすぎる。それに、いくら近づいてみても熱源反応は弱いままだ。これではまるで……




 ──ヌチャリ



 突如、脚元に感じた違和感、それが何か気がつくのにそう時間は必要なかった。



(……うッ?)



 一応の覚悟はしていたつもりだった。


 だが、その正体を理解した時の衝撃は、俺の想像を少しばかり超えていた。鼓動はドクドクと早さを増し、喉の奥が乾いて吸い込む息が絡まる。



 すぅー、はぁー。


 俺は一回の深呼吸をはさんでから、傍らを進む相棒に呼びかけた。



「……セレーネ、止まってくれ」



 掠れた声しか出なかったが、セレーネは直ぐに俺の異常を察したようだ。



「わかった。トモエ、何か見つけたの?」



「ああ、血だ。それも大量の……血溜まりだ」



 俺は血のついた自分の腹をセレーネに向ける。



「ッヒ……」


 

 一瞬、それを見たセレーネが一瞬小さく悲鳴を上げた。



「大丈夫、落ち着いて。俺の血じゃない」



 セレーネを落ち着かせ、身を低くするように指示を出す。


 俺は先程踏んだ血溜まりをもう一度見るが、その表面は固まりかけていた。ここで誰かが血を流してから、どうやら結構な時間が経過していると思われる。

 やはり、昨晩セレーネが聞いた物音はキャラバンの隊員の悲鳴に間違いないだろう。



 俺があたりの熱源を注意深く探ると、すぐ近くの岩陰に小さな熱源反応を見つけた。這い寄ってみれば、そこには若い獣人が血を流して倒れている。


 恐る恐る口元に顔を近づけて確認するが、既に息をしていない。鑑定もしてみたが、状態欄には死亡と表示されている。名前はキールというらしい。



(……この獣人、確かキャラバンの隊員だったな)



 前世を含め、俺が死んだ人間を見るのはこれが初めてだ。

 本当なら叫び声を上げて逃げ出したいところだったが、俺はなんとか冷静さを保っている。いまここで情報を集めておかねば、後で自分達が危険な目に合うかもしれないからだ。俺は恐怖を押し殺して、亡骸を調べていく。



(喉をやられている……声を出せないように潰されたのか?)



 血だまりから少し離れた位置に移動しているところから、どうやら彼は即死したわけではないようだ。外傷は、喉に受けた切り傷のみ。



(ううーん、魔物の仕業じゃないのか? この切り傷を見るに、鋭利な刃物で切り裂かれたように見える。野盗にでも襲われたのかもしれない。それとも、武器を扱う魔物……と考えればゴブリンだろうか……??)



 色々な憶測が頭をよぎるが、まだ真相は全くわからない。


 こうしてが出ている以上、もはや全く安全だとは言えないが、そうとばかりも言ってられない。倒せる相手は倒しておかないと、いつまで経っても俺たちは谷から出られないからだ。


 ここまでくれば、本隊の様子を見てみないわけにはいかないだろう。



「セレーネ、行こう」



 俺は心の中で手を合わせて獣人の冥福を祈ると、前進の意思をセレーネに伝える。



「……うん!」



俺たちは先程よりも更に身を低くしつつ、慎重にキャラバンの野営地へと近づいていった。



 ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る