第38話 モブは獣人の子を助けたい


 ◇◇◇



 獣人の亡骸から少し進むと、丘のふもとにある街道に出た。



 俺達は遠巻きから野営地を観察するが、野営地の中心に置かれた焚き火台にはまだ火が燻っている。その周囲に淡い熱源が3、4、5……昨日見た時にはもう少し数が居たような気がするが……こうなることなら、もっと獣人の数をちゃんと数えておくんだった。


 ここにいない残りの獣人達はうまく逃げられたのだろうか?

 


 確認できる限り、地上に転がっている獣人達は個人用の天幕から飛び出すようにして横たわっており、周りには血だまりの様なシミも見える。試しにそのうちの一人を鑑定してみるが、状態欄には死亡と表示されている。



「……ッく、やはり無事ではなかったか……」



 別に親しい間柄ではないが、昨日まで楽しげに談笑していた連中を知っているだけに、なかなか心に来るものがある。



「トモエッ……!」



 その時、セレーネが俺に呼びかけた。



「どうしたセレーネ? 何か気づいたか?」



「う、うん。声が……」



「な、生存者か!?」



「わかんない。けど、あっちの方から……」



 セレーネが指差す方をみれば、馬乳酒と香辛料を積んだ荷車が停まっている。辺りを確認したが、キャラバンを襲撃した者はもう近くには居ないらしい。



 俺達はゆっくりと荷車に近づいた。

 中からは、幼い少年の啜り泣く声が聞こえてくる。



「う、ぐすん……コブ……目を開けてよう」



「……」



 外から確認してみたが、荷台には弱々しい熱源が二つ。そのうち一つは特に弱々しい。他の獣人達を見てきた感覚的に、もう亡くなっているかもしれない。



(おいおい……まだ子供じゃねーかッ!! なのに、こんなッ……)



 俺は思わず荷台のカーテンを開けようと首を伸ばしかけたが、その淵に口先が触れる寸前で踏み留まった。



(俺は……龍だぞ? しかも巨大な蛇の姿をした。そんな風体の化け物が、ただでさえ何者かに襲われ怯えている子供に、どんな言葉をかけられる?)

 


 ああ、せめて俺の見た目が人間に近ければ、こんなくだらないことに気を遣わなくてもよかったのかもしれない。はじめて俺は龍種に転生したことを後悔する。



(……ッくそ!)



 俺はその場で地団駄を踏んだ。



「……ッヒグ!?!? もう……やだよう。助けて……助けて……お姉ちゃん……ッ」



 やってしまった。


 物音を聞いた獣人の少年は荷車の中でビクンと震え、シクシクと泣き始めた。その声に、俺は居ても立っても居られなくなって、ついに少年に声を掛けることを決める。



「少年……聞こえるかい? 驚かせてすまなかった。いったいここで何があった?」



「だ、誰!? サンディお姉ちゃんッ!?」



 獣人の少年が上ずった声で応える。酷く動揺しているようだが、声を聞く限り命に別状はないようだ。

 


「違う、俺……私はサンディじゃない。トモエという、偶々たまたまここを通りがかった者だ。だが、状況次第ではお前達を助けてやれるかもしれない。ここで何があったか教えてくれないか?」



 俺は少年を怖がらせないようにゆっくりと語りかける。



「トモエさん、僕はロッチ。お願いです! 親友を、コブを助けてください!! 急に暴れ出した仲間に背中を斬られたんです!! ず、ずっと血を……流していて……うぐッ、ううう……」



 何が起きたのかを聴きたかったのだが、ロッチにとっては目の前の親友の命の方が気になって仕方ないらしい。


 状況を把握するためには生存者から話を聞くのが一番だが……



「……ロッチ、落ち着いて。コブはまだ、息をしているかい?」



「待って…………。してる! してるよ! 微かだけど、まだ生きてる!!」



「そうか……」



 その言葉に、俺はしばらく頭を悩ませる。ウロボロスの力を使えば何とかなるかもしれない。だが、俺はまだレベル1。それに、どうやってその力を使えば良いかもよくわかっていない。


 横を見れば、セレーネが今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。



「トモエ……助けてあげて」



 人間が苦手なはずのセレーネも、どうやらこの状況では気持ちが助ける方に傾いているらしい。やれやれ、仕方ない。ダメ元だが試してみるとしよう。



「ロッチ……今から友達の傷を癒せるか試してみよう。だけど、俺は訳あって姿を見られては困るんだ。少しだけ、目をつぶっていてくれるかい?」



「う、うんッ……なんでもするから!」



「わかった。目を閉じて、じっとしているだけで良い。閉じたか?」



「う、うん。閉じたよ!」



「目を開けるなよ? 私は魔女だ。魔女との契約は絶対だからね。目を開けたら最後、お前の友達は助からないと思いなさい」



「ッえ、魔女!? わ、わかった! 絶対に開けません!!」



「ふふ、良い子だ」



 俺は、念のためステルスを切らないままカーテンから荷台の中に身体を差し込み、コブという獣人を一呑みにする。



 瞬間──



『レベルアァアーーップ!! おっ久しぶりで〜〜す!! って、え!? あれ?? なんで!? なんかレベルダウンしてませんかぁ〜萌文様!?』



 残念天使ことラブリエルの声が脳内に響いたのであった。



 ◇◇◇

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