第35話 モブとウサギと探索日和


 ◇◇◇



「ッん〜〜……!! 天気は快晴、これは絶好の探索日和だな!」



 目が覚めて、俺は伸びをしながらそう呟いた。

 谷底から見える細長い空には雲一つない。


(あれ? よくよく考えてみたら、セレーネからしたらこれちょっとした罰ゲーム??)



 そのあとすぐにセレーネも目を覚まして、眠たそうな顔で苔に齧り付いている。彼女は一瞬空を見て、眩しそうに顔をしかめた。



「おはようセレーネ。まだ眠い?」



 俺は昨晩彼女を起こしてしまったことを思い出して、申し訳ない気持ちになりながらも問いかけた。


 

「ううん〜。平気だよ〜」



 そうは言うが、彼女のまぶたは重そうだ。

 まだ頭の方が目覚めていない様なので、俺は思いつくまま話を振ってみる。

 


「そういえば苔ウサギって夜行性だよね? 俺に合わせてくれてるんだろうけど、昼夜逆転生活ってしんどくない??」



「うん? ええ〜と、確かにトモエに会うまでは夜型苔ウサギだったけど、もう慣れたかな〜」



 セレーネは目を閉じたまま首を傾けて答えた。



「それに、他の苔ウサギと違ってほら、私は動き回るからね。最近じゃ昼間の方が過ごしやすいかもな〜なんて思ってた」



「だけど、今日みたいな日は? ほら、暗くてジメジメしたとこ好きなんでしょ?」



「あ〜、まぁそれはそうだけど、私は必ずしも太陽が苦手な訳じゃないんだ。他の苔ウサギだったらわかんないけどね」



 なるほどそういうものか。じゃあ特別に昼間を避けて行動する必要は今後もないのかもしれない。



「そういえば、昨日の夜トモエなんか叫んでた?」



「……え?」



 そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、セレーネは耳がいいからうるさかったのだろう。



「それに、しばらく誰かと喋ってたよーな……?」



「いや、俺が口を開いたのは一言だけだけど?」



「……??」



「ちなみに、何て言ってた?」



「いや〜〜、あんまり覚えてないけど、逃げてとか危ないとか?」



「「…………????」」



 セレーネと俺は揃って顔を見合わせた。


 昨日の夜のことを思い返してみても、やっぱり俺はそんな言葉を口にした覚えはないし、眠ってからを見たというわけでもない。



 つまりそれは、セレーネの空耳か、その言葉を発した人物が他にいたということを表している。




「逃げる……。危ない……?」



(……!! それってもしかしてッ……!?)



 俺は上で出会ったキャラバンのことを思い出した。




「セレーネ、その声を発したのは恐らく俺が昨日話したキャラバンの隊員の誰かだろう。もしかしたら上で何かあったのかもしれない。今日の探索は中止にしよう」



「えぇッ!? 中止ぃ!? せっかくその気になってたのに〜〜」



「ああ、だけど敢えて危険が潜んでいるかもしれない場所に行く必要はないだろう? セレーネはここで待っていてくれ。俺は上を見て来るよ。キャラバンの安全が確認できれば、俺たちに危害が及ぶ心配はない」



「え〜、何でトモエにそんなことがわかるのよ? 危ないなら尚更一人で行動しない方がいいんじゃない?」



 セレーネは俺が単独で偵察にいくことに反対のようだ。



「何でって、キャラバンの戦士は俺よりもセレーネよりもずっと弱いからだけど??」



「ん〜〜?? だから、何でってわかるの?? 龍種だから??」



(何でって言われても……あ、そうか。そういえば鑑定スキルって珍しいんだったな。それに、セレーネにもまだ言ってなかったんだった)



「ああ、伝え忘れていたけど、俺は鑑定スキル持ちなんだ。だから、相手の強さがほぼ正確にわかる。あと、名前とか特徴……生態とか? ほら、苔ウサギの繁殖期がいつ頃か……とかね」



「そんなスキルがあるのッ!? すごいじゃんそれ!!」



「ふふ、まあね。おっと、話が逸れちゃったけど……だから俺が上で安全を確認できたら一緒に外に出よう」



 俺は再びセレーネを説得しようとするが、彼女は首を横に振った。



「ダメよトモエ、貴女のことを忘れてないかしら?」



 セレーネはふふんッと胸を張りながら続けて言う。



「一つ目は、気になったことは教え合うこと。そもそも、いまの状況に気がつけたのは私の耳のおかげよ? 偵察に行くなら、絶対に私も連れて行った方がいいと思うわ。二つ目は、一緒に行動すること。トモエ一人だけで外に出るのはズルなんじゃないかしら?」



「……うう。そりゃそうだけどさぁ。」



「そして三つ目は、命の危険を感じた場合はここに引き返すこと。私の足はトモエより早い。心配は要らないわ!」



「だけど……、俺はセレーネが心配で……」



 口を開きかけた俺より早く、セレーネが言葉を重ねた。



「それは私も同じおんなじだよ!!」



 セレーネが友人になってから初めて見せた強い剣幕に押され、俺は言葉を失った。



「トモエ、貴女が私を心配してくれるように、私も貴女が心配なの。危険があるかもしれないなら尚更よ。私を連れて行く気がないなら、せめて私を呑み込んで出て行くかのどっちかにして」



 セレーネは、俺を心配してくれている。その気持ちは痛いほど伝わってきた。確かにセレーネを腹に入れれば少しはレベルが上がるのかもしれないが、それではもし俺が死んでしまえばセレーネも道連れにすることになる。そんなことはできない。



「……いや。呑み込むのは流石に」



「よし、じゃあ決まりね! 一緒に行きましょう!!」



 こうして、俺はセレーネに強引に押し切られる形で同行を承諾したのであった。



 ◇◇◇

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