第34話 モブと眠れぬ夜


 ◇◇◇


 

 二人で谷の外へ出かけることを決めた後、俺たちはいくつか外での決まり事をつくった。



 一つ目は、気になったことは何でも直ぐに報告し合うこと。


 外の世界は危険だ。俺にはある程度前世の価値観があるが、それがこの世界で通用するかどうかはわからない。セレーネに至っては全くの世間知らずだ。つまり、何が危険かを判断できる価値基準が俺たちには存在しない。結局、俺が目につくもの全てを「鑑定」していくことが、危険を知る唯一の手段なのだ。



 二つ目は、決して単独行動しないこと。


 空間感知系のスキルがあり、ある程度高所から見下ろせるだけの大きさがある俺とは違って、セレーネは立ち上がっても人間の膝くらいまでの大きさしかない。マーキングしておけば基本的に俺が彼女を見失うことはないが、彼女にはそうしたスキルがない。


 つまり、これはセレーネが俺とはぐれないための決まりだ。



 三つ目は、命の危険を感じた場合はすぐ谷底へ引き返すこと。そして、その時は「単独行動」を躊躇わないこと。


 セレーネは俺より素早く動くことができるし、俺はステルスにより存在を希薄化できる。滅多な相手に出会わない限りは問題ないだろうが、この二つは決してお互いを補完するものではない。

 俺が見えなくなっててもセレーネは消えないし、俺に合わせていたらセレーネが全力で駆けることは不可能だ。


 幸いにもこの谷の直ぐ側には大樹が立っているので、ある程度離れてもここに帰ってくることは容易だろう。そして谷底までの深さや、充満しているガスのためか、ここには野生の獣達ですら立ち入ってはこない。ここはまさしく天然のシェルターなのだ。



 以上の決まりを確認した後、俺たちは明日に備えて早めに就寝することにした。


 

 ◇◇◇



 寝床に落ち着いてからも、俺は昼間のことを思い出してしまってなかなか眠りにつけないでいた。



(過去の孤独を思い出して、つまらない嫉妬を拗らせて……なんだか情けなかったな……)



 見れば、セレーネはもう寝息を立てている。


 いつものように横に並んでは「なんだか興奮して眠れないわね!」なんて言っていたが、気持ちの切り替えが早いようで、5分もする頃にはしっかり眠りに落ちていた。



(早ッ……まあ、ウサギだしな。とは言え、この能天気さは俺も見習うべきなんだろうな。前世の自分を引きずる必要なんて、もうどこにもないんだから。もっと今の自分を楽しまないと損だよな)



 きっとあの時、俺が自分の魂の特性を引き継がなければこんなことにトラウマを感じたりはしなかったのだろう。


 だがもしそうしていれば、セレーネは今頃俺の腹の中だ。

 自分の選択に後悔はない。



「あ〜〜、これもう何度目だ? いい加減寝ますか!!」



 気持ちを切り替えるため、敢えて俺は声に出して眠りにつこうとする。

 すると、眠っていたセレーネが耳をピクリと動かしてから、薄っすらと目を開けた。



「ん〜〜……? いまの声、トモエ??」



「ごめん、俺かも。寝よっか」



「…………?? うん、おやすみなさい」



 セレーネはしばらく首を傾げて何か考えていたが、やがて諦めたように目を閉じた。すぐに、静かな寝息が聞こえて来る。


 彼女の寝息を子守唄に、俺もやがて眠りに落ちた。



 ◇◇◇

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