第33話 モブはセレーネと一緒に強くなりたい!


 ◇◇◇



 時間を忘れてキャラバンの様子に見入っていたからだろう。俺が谷底に到着した時にはもう陽がすっかり傾いていた。

 見上げれば、スゥと一本屋根のように伸びた細長い空は、雲一つなく真っ赤に染まっている。



「お、お帰り〜トモエ。なんだか長かったわね〜。どうしたの? 物憂げに空なんか眺めちゃってさ。なんか変なもんでも食べた?」



 しばらくそうして空を見つめていると、帰ってきた俺に気がついたセレーネが、ピョンピョンと飛び跳ねながら近寄ってきた。



「セレーネ〜〜!! うわぁ〜〜!!」



「ッえ!? ちょ、何!?」



 ちょっとした俺の心の変化に気がついているようなセレーネの言動が嬉しくて、俺は思わず叫んでしまった。


 そんな俺を見てセレーネは困惑顔である。



「それが、かくかくしかじかでさ……」



 俺は上で出会ったキャラバンと、そこで自身が感じた嫉妬について包み隠さずセレーネへと打ち明けた。




 ◇◇◇




「あはは! まぁ、確かにトモエに家族が居ないってのは仕方ないわね! けど、私も同じようなものよ。むしろ、意思疎通できない同族に囲まれてるっていう分、余計に疎外感があるかも」



 俺の話を聞いたセレーネはそんなことを言う。



(何だかわかる気がする。前世の俺がまさにそんな感じだったかも……)



 前世の俺は、家族や同級生と意思疎通しようと思えばできたはずではあった。だが、容姿や性格のせいでそれが思うように出来なかったことを鑑みれば、現在のセレーネと当時の俺は良く似た環境に置かれていたといえるのかもしれない。



 ただ、セレーネには俺が転生、つまり前世の記憶があるということを打ち明けていないので、その話は自分の心の中だけに留めておくことにした。



「そーか、それも辛いな。セレーネの話を聞いて孤独って、そこいて欲しい、でもいない誰かの存在を描いた時、初めて感じるんだなって思った」



「そーそー。初めから一人が当たり前だったら、この退屈は感じなかったなあって思うのよ。例えば、トモエが一人で上にご飯食べに行っちゃう時とかにさ〜」



 セレーネは、口を尖らせてそう言った。



「あれ? そんな風に思ってたの? それなら、着いて来れば良いじゃないか」



「……ッ!? あ、それは……」



 セレーネはという顔で頬を赤らめる。



「セレーネ、もう何度も誘っているけど、一度俺と一緒に外に出てみないか? きっと上にはこの谷底じゃ見られないものが沢山あると思うよ? それにせっかく動き回れるんだから、俺たちそろそろ行動範囲を広げていい頃だと思うんだ」



 ……。



 俺の何度目かになる誘いを受けて、セレーネはじっと考え込んでいる。



「何か、この谷底にこだわる理由があるの? それとも、実は外が怖い?」



 俺が問いかければ、一瞬セレーネはピクリと耳を動かした後、どこかしょんぼりした様子で口を開いた。



「トモエが正直に話してくれたから、私も一つ言うね。私、実は人間が怖いんだ。ほら、私がここに来た理由。前に話したでしょう??」



「ああ。確か、ダンジョンの奥に隠れるようにして生きていたセレーネを、ある日人間が攫ったんだっけ??」



 俺はセレーネから聞いた彼女の過去について思い出す。


 どうやらその人間こそ俺の卵をこの谷底に置いた張本人で、そいつの目的が何なのかはわからないが、いつか相見えることがあるかもしれない。



「そう。だから、人間……というかヒト種と会うのが少し怖いわね。まあ、ここに隠れていたっていつかは誰かやってくるのかもしれないけどさ」



「じゃあ、本当は外が嫌いなわけじゃなくて、実は外に出てみたいって思ってる??」



「まあ、一応そういうことにはなるわね」




(うう〜ん。そういうことか……ならば……)




「よし、わかった。セレーネ、俺と一緒に特訓して……強くならないか?」



「……え?」



 俺の突然の問いに、セレーネは目をぱちぱちさせている。



「だって、もし外で人間に出会っても、捕まらなきゃ、いや、戦って勝てれば問題ないんじゃないか?」



「そういえば……そうね。その発想は無かったわ」



 苔ウサギは基本的に草食だ。だから逃げるという発想は常にあっても、相手を倒すという発想には至らないのかもしれない。

 思い出せば、落とし穴で俺と対峙した時にも、セレーネは戦うという選択肢は最初から捨てていた様な気がする。



「セレーネはもう人間に捕まった時の普通の苔ウサギじゃない。素早くて硬くてモフモフの、はぐれ苔ウサギなんだ。人間に負けないくらい強くなるってのも、全然無理なことじゃない。それに……」




「……それに?」



「お前の友達ダチは、この世界で最強の龍種なんだぜ? 俺たち二人なら、きっとどこまででも強くなれるさ」



 俺は、少し気恥ずかしい気持ちを堪えながらも、ニカッて笑ってそう言った。



「ん〜、何だかよくわからないけど、強くなれそうな気がしてきたわ!」



 セレーネもそう言って、俺の顔を見てニッコリと微笑んだ。



「よーし、それじゃあ明日からは一緒に谷の外に出るぞー!」



「おーー!!」



 やっとセレーネが外に出る気になってくれた。



 この谷の周囲に俺たち以外に魔物はいないし、正直どうやったら強くなれるかなんて微塵も見当がつかないが、俺たちにようやく共通の目標ができた。それが、何だか言いようもないほど嬉しかった。



 俺たちの冒険は、ここから始まるんだ!



 ……to be continue.



(いや、終わらないけどね!? 打ち切り連載じゃねーよ!?)



 ◇◇◇

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