第32話 モヤモヤするモブ


 ◇◇◇



(へぇ、ここで野営するつもりなのか……)



 隊員達は道を塞がない様に街道脇へと荷車を移動した後、せっせと周囲の草を刈り始める。しばらく眺めていると、十分もしない間にちょっとした広場が出来上がった。

 刈り取った草は火起こしに使うつもりなのだろう。ボロ布の上に広げて乾燥させている。


 彼等は続けて周囲に落ちていた石を集め、明かり取りと調理場を兼ねた焚き火台を組み上げた。とても手際が良くて何だかワクワクする。



(おお〜、めちゃめちゃキャンプって感じだな。次はテントか?)



 生前キャンプをした経験なんて一度もなかった俺は、どんな大きなテントが立つのかと期待して見ていたが、どうやら各々個人用の簡易テントで済ませるようだ。少しガッカリである。



(だけど面白いな〜。そういえば最近じゃソロキャンプなんてのが流行ってたみたいだが、前世じゃインドア生活を極めてたからな〜)



 アウトドアもなかなか悪くないな。


 そんなことを考えていた俺は、転生してからこれまでの自分の生活を思い出してハッとした。

 


(あれ? そういえば俺って、もう十分立派なアウトドア女子なんじゃね?)



 俺が転生してからかれこれ一ヶ月以上が経った。


 自生する植物を食べ、手近な獣を丸呑みにし、満天の星空の下、地べたで眠る毎日……



 あ、いや、たぶん違うわ。これ野外活動アウトドアじゃなくてただの野生生活ワイルドライフだったわ。



 ◇◇◇



 そんなことを考えているうちにキャラバンはほぼ拠点を作り終えた様で、カサンドラが隊員達を集めて次の指示を出している。



「じゃあ、コブとロッチは水を汲んできてくれる? ここを少し下った所に沢があるみたいだから、そう遠くはないと思うわ。それが終わったら、毛長牛達の放牧をお願いね」



 カサンドラがまだ背丈の小さい獣人達に向けてそう言った。

 指示を受けた獣人は見る限り幼い雰囲気だが、小型犬の類かもしれないので年齢までは不明だ。



「アオーーン!! 了解だよサンディ。行こう、ロッチ!」



「あ〜〜、待ってよコブ!! 桶忘れてるよ〜!!」



 二人が沢に向かって走っていくのを、大人達はガハハと笑いながら見つめている。いい雰囲気だ。まるで家族の様な暖かさがある。




 ズキン──



(あれ? なんかいま……)



 そんな光景に、一瞬心の中で小さな痛みが生じた気がした。

 だがその正体が何なのか、俺にはわからなかった。



 子供達を見送ったあと、カサンドラは続けて大人達へと指示を出す。



「それじゃ、キールは私と一緒に薪を集めに行きましょう。他の者は今晩の食材探しをお願い。酒の肴はくらいは自分達で取ってこないと、町に着くまでに商品が無くなっちゃうもの。できることなら、空いた酒樽に獣の皮でもぎゅうぎゅうに詰め込んでおきたいところね!」



「おいおいサンディ!? まさか酒樽一本空けるつもりか?」



 荷車の一つに背を預けたまま指示を聞いていたリゾンが、その言葉を聞いて慌てて娘を止めに入る。



「あら父さん、サンディ・リゾンのは品質第一! 開栓したお酒なんて、もう売り物にできないじゃない。ちゃんと楽しく飲んであげることが馬乳酒への礼儀だと、私は思うけど?」



 カサンドラは胸を張って応えた。ここで商会のモットーを出されては、リゾンからはぐうの音も出てこない。



「うむ。それはそうだが……」



「リゾンの大将、こりゃあ一本取られましたな!」



 傍らにいた獣人の一人が満面の笑みでリゾンに語りかける。



「もちろん、よね、父さん??」



 それを聞いたカサンドラが、追い討ちと言わんばかりにリゾンに言い放った。



「ああ構わん、一本空けろ!!」



「さっすが父さん!! 大好きよ!!」



「「ッヒューー!!」」



「大将、俺も好きだ〜〜!!」



 そのやり取りに、必死で笑いを堪えていたキャラバンの隊員達も含めて全員がドッと笑い転ける。

 ガハハという笑い声が一団を包めば、先程までどこか疲れた顔をしていたリゾンもやっと、やれやれという笑みを浮かべた。




 本当に、いいキャラバンだ。




 なのに、なんだか無性にモヤモヤしてしまうのはどうしてだろう。




 ズキン──




 ああ、まただ。この感情を、俺は知っている。




(なんだ……俺、してるのか)





 俺が前世で求めて止まなかったもの。暖かな家族。

 信頼し、笑い合える仲間。




 信頼し合う仲間と楽しそうに笑う一団を見て、自分がそこに混ざれないことが何だか無性に悔しくて、さっきまでのワクワクしていた気持ちがすっかり上書きされてしまった。



(ちぇ、俺ってダッサいな。早く戻ってセレーネと遊ぼ)



 もう俺は一人じゃない。俺にはセレーネがいる。


 何だか、たった一瞬離れていただけなのに、無性にセレーネに会いたくなってしまった。



 他人が仲良く楽しそうにしているのを盗み見て勝手に嫉妬するなんて、我ながら最悪だと思う。


 自己嫌悪に陥りながらも、俺はズルズルとその場を後にしたのだった。



 ◇◇◇

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