第30話 モブはヒトを見つける


 ◇◇◇



 セレーネと友人になって一週間ほどが経ち、苔ウサギの繁殖期は終わった。俺たちが岩下に降りれば、既に苔ウサギは元のとおり静かになっていた。



 セレーネに聞けば苔ウサギの妊娠期間は3ヶ月ほどだそうで、年に2回の繁殖期があり、だいたい1匹ずつ子を産むらしい。



 またしばらくの間、こいつらは岩の様に動かない生活を営むのだろう。まあ、それはそれで静かでいいが。



(この谷には天敵が居ないからな〜。苔ウサギの寿命がどれくらいなのかはわからないけど、何年もすればこの谷が苔ウサギで埋まる……なんて日が来るかもしれないな)



 俺はそんな呑気な事を考えながら、今日もセレーネとくだらない話に興じている。だが、遊んでばかりいるわけじゃないぞ? 昼はセレーネと駆けっこをしたり、隠れんぼしたりしてスキルを磨いているのだ。まあ、そっちのレベルもあれから上がってはいないが。



「なあ、セレーネ。そろそろ上に行ってみないか? ここで苔ばっかり眺めているのも、いい加減飽きてきただろう?」



 俺はセレーネに、ここ数日で何度目かになるお誘いをしてみる。いまのところ、セレーネが丘の上まで行ったことはない。


 そんな彼女は先程から、岩に生えた苔をうっとりとした表情で眺めている。彼女曰く、苔にも色んな種類があり、それが毎日ゆっくりと成長していく様を観察するのが何よりの楽しみらしい。よくもまあ飽きないものだ。



「う〜ん、私暗くてジメっぽいところが好きなのよ。トモエの話だと上は丘になってるのよね? 丘は日陰がなさそうだからな〜」



 セレーネは、言動は活発な様でいて実はかなりのインドア派だ。まあ、はぐれとはいえ苔ウサギという種族柄そうなのかもしれない。



「そっか、じゃあそろそろ俺は腹が減ったから上に行ってくるよ」



「はいは〜い。気をつけてね〜」



 セレーネは耳をひらひらと交互に振って俺を見送る。

 俺はそんなセレーネを一瞥してから崖を上っていった。




 ◇◇◇




 崖上に着いた。丘を吹き抜ける風が心地いい。

 今日も大樹は葉を揺らしながら、俺を出迎える。



(外はこんなに気持ちがいいのに、どうしてセレーネは外に出たがらないんだろう?)



 前世の俺も大概部屋に引きこもってはいたが、別に太陽が嫌いなわけではなかった。単に外に出てもやることがなかっただけだ。



 ああ、友達、いなかったからね!



(日陰か……考えてみれば、苔ウサギって夜行性だったなあ……ってことは、セレーネはいつも昼夜逆転してるのか? うう〜ん。なら、連れ出すのは夜がいいのかな)



 俺はなんとかしてセレーネを谷の外へ連れ出せないか頭をひねる。それは、いずれこの谷を離れたいと思っているからだ。


 旅立ちにはもちろん、友人であるセレーネにも同行してもらいたい。そのためにも、彼女には外の世界に慣れてもらわねばならない。


 彼女曰く、この谷に放り込まれる前は何処かのダンジョンの中に住んでいたそうで、外の世界というものをあまり見たことがないらしい。彼女が外に出たがらない理由の一つに、外は危険だと本能的に感じてしまっているのもあるだろう。


 まあ、俺からすればダンジョンの中の方が余程危険に思えるが……



(いくら現時点で危険がないとはいえ、この先もずっとそうとは限らないからな。早くレベルを上げておくに越したことはない。それに、ここにいつか戻ってくることだって、出来ないわけじゃないからな)



 俺が外に出たい理由は、単純にレベルを上げておきたいからである。ここ数日大樹から見える範囲をくまなく探してみたのだが、この辺りはどういうわけか魔物が



 魔物がいなければ、当然俺のレベルアップは随分先になる。

 普通の獣を狩っても、大した経験値は得られないからだ。そういうわけで、俺のレベルはまだ1のままである。


 それでも少しずつ経験値は溜まってきたので、今日か明日にはレベルアップしそうではあるが、やはり苔ウサギほどの経験値を持った存在はこの辺りには居ないのだろう。



 俺が覚えている限り、レベル2以降のレベルアップに必要な経験は次のレベル×1000ptの経験値が必要だったはずなので、このまましばらく獣しか口にできないとなれば、その先のレベルアップは気が遠くなるほど遠い。



(はあ〜〜、先は長いなぁ)



 俺は長いため息を吐いて、今日も大型の獣を探すために大樹に登った。



(……おや?)



 丘のふもとの方に、俺の視界を横切るようにして動く熱源反応がある。



 よく見れば、それは隊列を組んで歩くヒト種の一団──いわゆるキャラバンというやつだった。



(ほほう、初めてこの世界でヒト種を見つけたな)



 ヒト種であれば、彼らは互いに何らかのコミュニケーションをとっていることだろう。危険は伴うが、これはこの世界の情報を集める絶好の機会に違いなかった。



(少し近づいてみるか……)



 俺はステルスを発動させ、慎重に一団に近づいていった。



 ◇◇◇

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