第28話 モブとウサギの苦悩


 ◇◇◇



 俺が寝床に戻ると、もうセレーネは起きていた。



「あッ、トモエ!! どこ行ってたのよ!? もう身体は大丈夫なの?? 昨日はいきなりすごい熱出して心配したんだからね!!」



 俺を見るなり駆け寄ってくるセレーネ。俺の顔の前まで跳び上がり、額をペタペタと触ってくる。



「うんうん。熱は下がったね!」 



 なんだろう、すごく心配してくれて、なんだかお姉ちゃんみたいだ。確かに俺が卵から生まれたのはつい最近のことで、セレーネはそのずっと前から苔ウサギとして生きていたのだから、その関係性に誤りはないのだが……生前妹しか居なかった俺からすれば、少しだけくすぐったい感覚である。



「あの後、もしかして私の蹴りのせいなんじゃないかっ……て、死んじゃったらどうしようって泣きそうになったよ。ごめんね、もう蹴らないからね」



 ああ、だから必死で看病してくれていたのか。

 そりゃそうか。できたばかりの友達を自分のせいで失ってしまうなんてトラウマ以外の何物でもないからな。



「いや、セレーネの蹴りは関係なくはないけど、多分それよりもお腹の中が急激に空っぽになったことが原因だと思う。前にも似たような事があったし」



 俺は、孵化の時に起きた事を思い出しながらそう言った。



「え……? それはつまり、空腹で倒れた……ってこと?」



 セレーネはポカンとした様子で俺の顔を見つめ、問いかける。



 俺は頷きでその問いを肯定しつつ、自分が卵から出る際の記憶を思い出す。確かあの時も、自分を半ばまで飲み込んで、吐き出したあと強烈な眠気に襲われたのだ。




(そういえば、ステータスはどうなったのだろう?)


 俺はふと気になり、自分のステータスを確認する。


 ◇◇◇


 種 族:龍種

     邪龍ウロボロス

 性 別:雌

 名 前:トモエ

 状 態:普通

 レベル:1(25/100)

 H P:870(1000)

 M P:800(1000)

 攻 撃:800

 防 御:300

 敏 捷:700

 技 力:400

 隠 密:600

 魔 力:500

 精神力:400

 スキル:「蛇牙」「丸呑み」「吐き出す」「マーキング」「鑑定.LV6」「ステルス.LV6」「空間認知.LV6」「温度感知.LV6」

 加 護:「天使ラブリエル」


 ◇◇◇



 ふう、良かった。空腹のまま眠ったので全快とは言えないが、先程腹は膨らせてきたのでひとまず飢え死にすることはないだろう。


 そんな事を考えていれば、セレーネがなんとも微妙な顔でこちらをじっと見つめていることに気がついた。



「ん? どうしたセレーネ?」



 ビクッと身体を震わせた後、セレーネは少し躊躇ってから、言いづらそうに口を開いた。



「トモエ……はさ、やっぱり龍なんだよ。私達のこと食べなくても生きてはいけるかもしれないけどさ。今回みたいに無理したら、その……いつか死んじゃうかもしれない。やっぱり、私みたいなのと友達になるのは迷惑かけちゃうんじゃないかなって思って……」



 セレーネは俺に苔ウサギ達を全て吐き出させてしまった事を気にしているらしい。



「そんなことない。いや、なくはないけれど、食べた物……飲み込んだものを吐き出すことができるっていうのはウロボロスの特技なんだ。だから、セレーネが気に病むことじゃないよ」



 俺はステータスに表示された《邪龍ウロボロス》の項目に目をやり、鑑定を発動させる。



 ◇◇◇


《邪龍ウロボロス》


 黒い体躯に大きな口を持つ龍の一種。喉の奥は異空間に繋がっており、ウロボロスは自身の喉の奥を通過したもの(飲み込んだもの)を経験値に変えることができる。


 異空間に飲み込んだものはいつでも自由に吐き出して元に戻すことができる。この際、飲み込んだ時に獲得した経験値は無かったことになる他、経験値を消費して傷の修復などを行って戻すこともできる。


 ◇◇◇



 俺が吐き出した苔ウサギ達が死んでいなかったのは、俺の喉の奥が特殊な空間に繋がっているために起きた現象だ。


 偽装したウロボロスを作る際、幾ら岩を飲み込んでも身体が膨らまないことに疑問を覚えた俺は自分のステータスを鑑定し、この仕様に気がついたのである。



(だけど、「この際」以降の記述は初めて見るな……?)



 以前使用した時より鑑定レベルが上がったので、説明が少し詳しくなった様である。



(このレベルダウンの仕様を知っていればもう少し考えて行動したんだがなあ)



「うう〜ん、そうだな。簡単に説明すれば俺の口の中は異空間に繋がってるらしい。だから飲み込んだものは基本的にそのままの状態で保存しておく事ができるんだ。だから、昨日見せた様なことは、別に俺にとって特別な事じゃない」


 

「ぇえッ!? すごいね龍種って!?」



「ああいや、他の龍種がどうかはわからない。もしかするとウロボロス特有の仕様かもしれない。とにかく、そういうわけだから俺の体調のことはあまり心配しなくていい」



「うん」



 セレーネは納得した様な、していない様な表情を浮かべている。



「ただ、今後俺が強くなるためには、やっぱり魔物を食べないってのは難しい。さっきも崖上に登って獣を食べてみたけれど、それだとレベルは上がらなかった」



「そうなんだ……」



 セレーネの顔は少し複雑だ。

 彼女は少し考えた後、決意を込めた眼差しで俺に告げる。



「じゃあ、もう一度苔ウサギ達アイツら飲み込んじゃいなよ!」 



「え……だけどお前……、苔ウサギはセレーネの仲間だろう? 他の魔物ならまだしも、苔ウサギを食べるのは流石に……」



 俺はセレーネの言葉に耳を疑う。そりゃあ確かに苔ウサギ達の経験値は欲しい。だが、俺の初めてできた友人であるセレーネとて苔ウサギの一種に違いないのだ。



 考えてみて欲しい。例えば友人が人を喰らう種族だとして、それを安易に受け入れられるか? その友人が、いつ自分に牙を向けるかもしれないという不安を払拭できるものか?



「大丈夫!! もう私はトモエのこと信じてるし、殺すわけじゃないんでしょ? それなら、私の良心も痛まない!」



 そうは言ってもやはり、自らと同じ形をした生き物を食べることを肯定するのは怖いのだろう。セレーネはふるふると震えながらも俺にそう提案する。



 その苦渋に満ちた表情を見て、俺は……



 ◇◇◇

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