第26話 モブとモフモフ

 

 ◇◇◇



 チチチチチチ……



 キーキーキー……



 鳥のさえずりのようなものが聞こえる。


 

(ああ、何かデジャヴ……)



 ……クー、クー



 目を閉じた俺の隣から、誰かの寝息が聞こえてくる。ふわりと苔の甘い香りが鼻をくすぐる。



(ん?何だか美味しそうな匂いが……くんくん……)



 俺の舌が、自然と香りを求めて誘われる。

 伸ばした舌先が何かに触れ、俺はチロチロと確かめる様にそれを舐めた。



「ふふふ……くすぐったいよトモエ……」



 ──ッは!!



 ガバリと起き上がり隣を見れば、セレーネはまだ静かな寝息を立てて眠っていた。モフモフとした毛皮に首を埋めるようにして眠る苔ウサギはとても可愛らしい。



(セーーーーーフッ!! 危うく丸呑みにするところだったぜ)



 セレーネの寝顔を見ていると、俺の額から何かが落ちる。


 ……おや? これは、苔?? セレーネか??

 どうやらセレーネは、苔を湿布の代わりにして俺の頭を冷やしてくれていたらしい。  



(あのまま熱を出していたのか……)



 俺がどれくらい眠っていたのかはわからないが、周囲の明るさから見るに、一晩ってところか。

 


「……むにゃむにゃ……」



 セレーネはまだよく眠っている。


 

 それもそのはずである。俺はここ数日の間、夜中に目覚めては咆哮し、セレーネの安眠を妨害していたのだから。


 生命の危険が去った事に対する安堵からか、セレーネの眠りは深い。クークーと寝息を立てて眠る姿からは、俺が絶対に彼女を襲わないということへの信頼を感じられる。


 思えば酷いことをした。初めはセレーネを食べるつもりだったので、俺はとことん準備して、全力でこいつを追い込んだのだ。


 しかしそこまでの事をされていながらセレーネは俺を許したばかりか、友達になってくれた。この寛大な対応に、俺は報いるべきだ。



(さあ、どうしたものかな……)



 先述したとおり、俺にはこの世界で生きていく上でのしがらみは何もない。しかし、目的もなくただ一人で生きていくことはとてもつまらないことだと言うことも、俺はよく知っている。


 だからこそ、気を許せる友が欲しいと思っていた。



(うう〜ん。あ、そうだ)



 俺は良い事を思いついた。

 せっかく友人ができたのだから、記念に何か贈り物をしよう。


 だが、この谷のことはだいぶ調べてみたからわかる。ここには苔と、苔ウサギと、俺と、俺の卵の殻しかない。つまり、セレーネが喜ぶかもしれない何かは、このにしかない。


 幸いセレーネは眠っているし、感知や認識阻害系のスキルレベルは下がっていないのだから、少しぐらい上で何か探してみるのもいいだろう。もし危なかったら、直ぐにこの崖下へ避難してくればいい。


 

 スルスルと、俺は崖を登っていった。


 ◇◇◇

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