第24話 モブはぼっちと友達になる


 ◇◇◇



 俺はぼっちを背に乗せて自分が作った落とし穴から出ると、そのまま少し高い岩の上に登る。ここなら、他の苔ウサギ達は上がって来られないだろう。


 ぼっちは俺の背から飛び降りると、静かに下で起きている光景を見つめている。どうやら、逃げられる心配はなさそうだ。



「……さっきは、ありがと」



「いいよ、怪我がなくてよかった」



 うん。まあ、元々俺が掘った穴だし、俺が出したウサギだったけどな!!



 ……



 しばらく沈黙が続いたが、彼女は少しこちらに寄って何か言いたげな目を向けてくる。どうやら話をする気になってくれたらしい。



 多分、彼女が吐きまくっている間に俺が手を出さなかった事と、興奮したオスウサギから助けたことで、俺にぼっちに対する害意がないということを理解してくれたようだ。



 とはいえ、めちゃめちゃ警戒はしているみたいだが。



「……助けてくれたことには礼を言うわ。それに、あんたが吐き出した苔ウサギ達は本当に生きていたし、誠意は認める。だけどね、アンタも女の子なら人前でいきなり吐くのはどうかと思うわよ!?」



 もらいゲ○を見せてしまったことが恥ずかしいのか、ぼっちの顔は少し赤い。それを誤魔化したいのか、その語気は強めである。



「すまない、ぼっ……お前が俺を敵視するのも仕方がないと思ったから、まずは俺がぼっ……お前を食べる気がないってことを伝えたかったんだ」



って何よ!? って!?」



「とにかく、お前達の棲家を荒らしてしまったことは謝ろう。すまなかった」



 そう言って、俺は頭を下げる。



「それはもういいよ。それにアンタが私を飲み込もうと思ったらいつだってそれができるのもわかってるし……この世界じゃ、弱肉強食は当たり前のことだもん。で、私と何を話したいの?」



 ぼっちは、早くいいなさいよとでも言わんばかりに胸を張って問うてくる。胸を覆っている毛がもふもふして触ると気持ちよさそうだ。


 とはいえ、改めて何か聞きたいことがあるかと言われれば困ってしまう。実は俺もそこまで考えて行動していたわけではないのだ。



「……」



 俺が固まっていると、沈黙を堪えきれずにぼっちが口を開く。



「もうッ! 話したいって言ったのはアンタじゃないの! いいわ、私から聞くから。そうね、じゃあなんで私を食べなかったの? 話がしたいって言っていたけど、あれは嘘ね。だってアンタ、全然自分から話さないんだもん。本当の理由は何?」



「うう〜〜ん、それはとてもするどい質問だ。何故……? 何故か……何故だろう??」



「私に聞かれてもッ!?」



 そうだな、何故食べなかったのかと言われても、「言葉の通じる生き物を食べることに抵抗があったから」としか言えない。

 ほら、顔を描いたオムライスを子供が食べられなくなるってやつあるじゃない。アレだアレ。



「まあ、直前まで食べようと思っていたことは認める。だけど、お前話すんだもん。無理だよ」



「ッええ!? そんなの普通のこと……じゃない、か。他の苔ウサギは確かに話せないもんね」



「だろう? それに、俺は卵から生まれたばかりでこの世界のことをよく知らないんだ。少し寂しいってのもあったし、ここのところ毎日お前を倒すことだけを考えていたからな。一呑みでそれが終わっちまうってのが、なんだか急につまらなく感じてしまった……ってのもあるな」


 

 俺はありのままをぼっちに伝える。ぼっちはふんふんとうなづきながら俺の話を聞いている。



「俺はこんななりだが、一応ウロボロスという……龍種だ。だが、俺を産んでくれた人……と言えばいいのか、まあ、命の恩人からその落ちこぼれのようなものだと言われていてな。ひとまず、今は生きていくために色々と準備を整えているところだ」



「……ッえ!? アンタ龍種なの!?」



 ぼっちは目を丸くして驚いた。



「龍を知っているのか?」



 俺はぼっちに問いかける。



「ええ。故郷にいた頃、一度だけ見たことがあるわ。その時はまだ私も小さかったし、上位種じゃなかったからよく覚えていないけれど、翼と角が印象に残っているわね……へぇ」



 ぼっちはまじまじと俺を見ているが、何やら興味津々という感じだった。



「龍って案外、そこまで恐ろしくはないのね!! なんか、もっと凶悪なイメージだったわ!」



 さっきまで食べられるかも知れなかった、いや、何なら今から俺が丸呑みしてもおかしくない状況なのに、ぼっちはどこかはしゃいでいる。ウサギだから脳みそがちっちゃいんだろうか?


 まあ、もう俺もこいつを食べる気にはなれそうにないが……



「ねぇ、アンタ名前は? 私はセレーネ! 私達、友達にならない?」



 ぼっちはキラキラとした目でこちらを見ている。



「……え? あ、いま何て言った?」

 


「セレーネ! 私の名前!!」



「あ、そこじゃなくて……」



 ぼっち……いや、セレーネの言葉で俺は頭の中が真っ白になってしまった。それもそうだ、前世を含め、こんなに嬉しい言葉をもらったのはいつぶりだろうか。


 こんな感情、しばらく忘れかけていた。もちろんラブリエルは俺に友好的だが、あいつは天使で、文字通り異次元の存在だ。


 そう考えれば、俺はもしかしていま、生まれて初めて友と呼べる存在ができるのかもしれない。



 友達……友人、親友、なんでも打ち明けられる存在。俺とセレーネは友達。おお、なんて素晴らしい響きだ。



 こういう時、どう言って応えればいいのだろう。



 龍種の脳をフルスペックで回転させ、俺が導き出した答えはこうだった。



「ありがとうセレーネ。わかった。じゃあまず友達として、言わせてもらう」


「……うん!」


 

 セレーネはワクワクという顔で、続く俺の言葉を待っている。



 俺はためらいがちに、しかし出来るだけ彼女を傷つけないよう言葉を選んだ。



「お口の周りにまだ、ゲ○ついてるぜッ!」



 ニカッと微笑んだ俺の左頬に、顔を真っ赤にしたセレーネの蹴りが炸裂したのは言うまでもない。



 ◇◇◇

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