第16話 モブとウサギの駆け比べ

 

 ◇◇◇



 シュロロロロ……



 目を瞑り喉を鳴らすと、俺を中心に広がった音の波は床や壁を跳ね返り、やがて俺の元まで戻ってくる。



(いた……!)



 俺はエコーロケーションで脳内マップを描きつつ何度か小移動を繰り返し、ついに探していた獲物を見つけた。


 今のところエコーロケーションで認識可能な範囲は俺を中心に半径500mくらいである。この範囲の中で今のところ動き回っている存在は俺と、あと一つ。サイズはかなり小さいようだ。恐らくはぐれ苔ウサギで間違いないだろう。



(ふむふむ、というだけあって、群れで行動しているわけではないみたいだ。数もどうやらかなり少ないみたいだな)



 いざ探そうと思って探してみれば、はぐれ苔ウサギは思いの外早く見つけることができた。まあ、空間認知のスキルがなければその存在にさえ気がつかなかったとは思うが。



(それにしてもスキルって本当に便利だな。これだけ遠くから敵を感知することができれば、勝てない相手からはさっさと逃げて、勝てる相手だけ選んで戦っていくこともできそうだ)



 はぐれ苔ウサギを探し始めて数時間、俺は改めてスキルの有用性を感じていた。そして、これまで天敵となる敵が居ないことに安心しきっていたせいで、自分がエコーロケーションのような感知系のスキルや、ステルスのような隠蔽系のスキルをあまり意識的に使えていなかったことにも気がついた。



 この世界は現代日本と比べれば当たり前に《死》が自分の傍にいるのだ。それに、鑑定ばかり鍛えていても強くなるわけではない。


 ここを出て行くというのであれば尚更、手持ちのカードは常に研ぎ澄ましておく必要がある。龍種とはいえ、俺はモブなのだ。いざという時になって後悔しても死は避けられない。



 俺はここを出るまで、いや、ここを出てからも常在型のスキルは意識的に発動状態をキープしておこうと心に決めた。



 それにしても……



(んん〜〜。まるで俺の動きが見えているように逃げて行くなぁ)



 先程からステルスを発動させて慎重にウサギを追いかけているが、どうにも距離が近づいている気がしない。


 もしかすると、ヤツも感知系のスキルを持っているのだろうか?



(いっそ、駆け比べでもするか?)



 このままズルズルと同じことを続けていても結果は変わらない。それに、敏捷は俺のステータスの中でもかなり高い方なので、もしかすれば簡単に追いつける……かもしれない。


 そんな希望的観測を元に、俺は出せる限りのスピードでウサギの影を追いかける。




(おりゃ〜〜)



 ドドドドドド……



(こなくそ〜〜)



 ドドドド……




 ◇◇◇




 ──数時間後



(HAHAHA……昔話よろしく、ウサギって暇があったらグータラ寝るものじゃないのか?)



 いや、ごめん調子乗ってた。全然無理だった。



 一向に追いつく気配がない事を悟り、俺ははぐれ苔ウサギの捕食をいったん諦めることにした。



 ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る