10.気持ち

「「あっ」」


 だらだらと歩き自宅玄関前に来たところで、今一番会いたくなかった人物と遭遇してしまった。


「小町…おかえり」


「…悠真も、おかえり」


 もうとっくに帰宅しているものだと思ってたが、どうやらどこかで寄り道をしていたらしく、偶然にも帰宅時間が重なってしまったらしい。手には近所の雑貨屋のお洒落な袋を持っている。


「今日、学校どうだった?」


「ふ、普通だよ、それより冷えるから中入ろうか…」


 すごく気まずい。今すぐこの場から逃げ出してしまいたい。

 それは小町も同じようで、隣で家の鍵を探しながらずっとチラチラとこちらの顔を確認している。


「あっ、」


 ガチャ


「鍵、俺も持ってるから」


 どこに鍵を入れたのか忘れたらしく、あたふたしていたので、代わりに鍵を取り出して俺が扉を開ける。


「ありがとね」


「ん」


 その後は一切会話をすることもなく、それぞれの部屋へこもり、その日は終わった。


 翌朝、外からわずかに聞こえる激しい雨音で目を覚ます。

 時計は午前6時をさしている。

 今日は土曜日で学校は休み。教科課題も予習復習も一通り終わらせているので、やることといったらスマホで動画を見るかゲームをするか。


「たまには朝飯でも作るか」


 何をしても、無性に落ち着かなかったのでサプライズの日以来、久々にキッチンへと向かう。


 朝早くキッチンにきた俺は、何もされていないピカピカのキッチンをみて感嘆の声を上げる。


「おぉ、すげ」


 器具や食器はきれいに整頓されており、シンクもしっかり掃除されており、水滴が一滴も見当たらない。


 いつも小町が料理している光景か食べ終わって食器がシンクの中へ乱雑に放り出されている光景しか見てこなかったので、こう何もなくきれいスッキリとしているのは初めて見た。

 ここまで徹底してくれているのは感謝でしかない。


「俺もちゃんとやんないとな、てか来たはいいものの何作ろうか」


 何の計画もなくここに立っているので、何を作るかなんて当然決まっていない。

 加えて、買い物は全て小町が担当しているので、今どんな食材が家にあるかも把握していない。


「今は6時30分か…後2時間はあるか」


 2時間とは小町が起きてリビングに来るまでの時間である。

 それだけあれば、食材次第ではあるが多少凝った料理も作ることは可能。


「よし、ちょっと手間はかかるけどグラタンとパンでも作るか」


 適当に作り方を調べていると、『2時間で作れるグラタンとパン!』という動画がヒットしたので、それを実践してみることにする。


「グラタンもパンもオーブンで焼くだけだな」


 さすが解説動画を出しているだけあって、説明の通りにこなせば、失敗もなくスムーズに作業が進んでいく。

 しかも、いつか使うかもとパン粉やさとうきび糖などの粉類を買い込んでいたおかげで、材料不足にならずにすんだ。



「完成だな、二つとも見た目はいいけど味の方は…おっいい感じじゃん、美味い」


 プロの解説レシピ通りとはいえプロには遠く及ばないが、初めてにしては上出来だろう。


 現在時刻午前8時20分。

 そろそろ小町が起きてくる時間帯。

 完成したグラタンとパンをリビングのテーブルへ運び、座りながら小町を待つ。


 それから3分後、リビングのドアがガチャリと音を立てて開き、通じる廊下からまだ寝巻きを纏った小町の姿が見えた。


「おはよう」


「ん、え?あ、おはよう」


 小町は、いつもじゃあり得ない光景に少し驚いているようだ。


「朝食作ったからとりあえず座って」


「うん」


 言われた通り、小町は大人しく悠真の向かい側の席へ座る。


「これ、全部悠真が一人で作ったの?」


「そうだよ、たまにはね」


「でもすごく大変だったしょ」


「まあね、左手と右手両方ヤケドしちゃったし」


 そう言って、火傷で赤くなった手をチラッと見せる。

 すると、小町の顔はハッとした顔になり、大きな声で言う。


「ちょっと!何やってんの!すぐ手当しなきゃダメじゃん!薬持ってくるからちょっと待ってて!」


「あ、冷めちゃうよ…」


 悠真の言葉を無視して、リビングを飛び出ていってしまった。


 2、3分すると救急箱を持って戻ってきた。

 そして俺の前に座って、すぐさま手を握られる。


「もう、不慣れなことするからそうなるんだよ、一番左の下の引き出しにミトン入ってるの知らなかったんでしょ」


「そうなの?知らなかった」 


 もぅ〜と呆れながらも、小町は俺の指に優しく薬を塗って手当してくれる。

 あんなことがあった後なのに。


 そんなことも忘れたように、こんな小さな怪我で必死になって手当してくれている小町の姿を見て自分が情けなくなった。


「なあ」


「なに?まだどこか焼けてるの?」


 大丈夫?と小町に心配そうな顔で見上げられる。


「この前のこと本当ごめんな、小町のこと何も考えずに行動して。俺、小町に何となく避けられ始めてから、なんだかわからないけどすっごく辛くて、休日も授業中もずっと小町のこと考えてて、忘れられなくて、それで……」


「わあぁぁぁぁーーー!!!!もういい!!気にしてないから!気持ちもわかったからやめて!」


 小町を見るといつの間にか、顔がりんごのように真っ赤になっていた。


「本当にか?まだ言いたいことが…」


「本当に本当にだから!もうそんな恥ずかしいことをつらつらと言わないで!」


 恥ずかしいこと?俺はそんなこと言ったつもりはない。

 ただ本心を述べただけなのに。


「それはもうあれじゃん!」


「あれって?」


「恥ずかしくて言えないよぉ〜、悠真のばか!」


「えぇ…」


 無事、仲直り?はしたが、何とも言えない関係になってしまった悠真と小町だった。

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