第368話 憎悪の対象

――あああああああっ!!



廊下内にブラクの叫び声が響き渡り、無数の黒腕がバルル達に襲い掛かる。バルルっとリンダは自らを犠牲にしてでも魔拳を発動させて他の人間を守ろうとしたが、彼女達が動く前に何者かがブラクの背後に迫る。


その人物はブラクの隙だらけの背中に回り込むと、空中に跳躍して身体を回転させながら両手にを纏う。そしてブラクの背中から伸びていた黒腕を切り裂く。



「炎牙!!」

『ぎゃああああっ!?』



背中から炎の爪で切り裂かれたブラクは悲鳴を上げ、切り裂かれた黒腕は霧散した。それを見たバルル達は驚きの声を上げる。



「なっ!?」

「これは!?」

「だ、誰!?」



自分達に攻撃を繰り出そうとしたブラクが何者かの攻撃を受けた事にバルル達は戸惑うが、その何者かはブラクの身体を跳び越えてバルルの前に立つ。その人物の正体は炎爪を纏ったミイナだった。



「ふうっ……ぎりぎり間に合った」

「ミイナ!?あんた、どうしてここに……」

「ミイナさん!?」

「え、誰……?」



ミイナが現れた事にバルルとリンダは驚き、初対面のエルマは彼女が何者なのか分からなかったが、今は自己紹介している暇はないのでミイナは三人に下がるように促す。



「三人とも下がってて……こいつの相手は私がする」

「……大丈夫なのかい?」

「大丈夫……とは言い切れないかもしれない」

『お、おまえぇっ……!!』



ブラクと正面から向き合ったミイナは素直に自分の手には余る相手だと認め、背中を切り付けられたにも関わらずにブラクは立ち上がる。普通の人間ならばミイナの炎爪を受ければ無事では済まないが、現在のブラクは既に肉体は死んでいるので今更火傷を負ったところで何の影響も受けない。


背中を切り付けられた際に失った黒腕もブラクは瞬時に再生させ、それどころかミイナを目の前にした途端にブラクは怒りの表情を浮かべる。彼女もブラクにとっては憎き仇であり、復讐心が更なる力を生み出す。



『殺してやるぅううっ!!』

「で、でかくなった!?」

「まだこれほどの力を!?」

「に、逃げましょう!!勝てる相手じゃないわ!!」

「……確かに私一人じゃどうにもならない」



憎悪で力を増したブラクは更に巨大化する姿を見てミイナは自分の手には余る相手だと認めた。しかし、それでも彼女は恐怖は抱かない。なぜならば自分には頼れる味方がいる事を知っていたからだった。



「だからここはマオに任せる」

「マオ!?あいつもここにいるのかい!?」

『マオ……!?』



マオの名前を口にした瞬間にブラクは動きを止め、彼にとってはミイナよりも憎き相手だった。マオに関わらなければ彼はこんな姿になる事もなく、彼に敗れなければ今頃も生きて過ごす事ができた。



『何処だぁっ!!殺してやるぅっ!!』

「こ、こいつ……また姿が変わったよ」

「余程恨まれているようですね……」

「冷静に話し合っている場合!?早く行きましょうよ!!」



ブラクは再び姿を変貌させ、今度は巨人の形態から縮小化して徐々に生前の姿へと戻っていく。しかし、身体が縮んでも放たれる闇属性の魔力は増加し、それに気づいたバルル達は距離を取る。


ミイナだけは逃げずにブラクと向き直り、彼女はマオが到着するまでの時間稼ぎを行う必要があった。黒霧が消えた事でミイナはいち早くに臭いと音でバルル達の位置を掴んで駆けつけたが、人間のマオは彼女に追いつくには多少の時間が掛かる。その間はミイナはブラクを一人で足止めするしかない。



『死ねぇえええっ!!』

「死なないっ」



自分に目掛けて多数の黒腕を伸ばしてきたブラクに対し、両手に炎爪を纏ったミイナは壁を蹴りつけて三角蹴りの要領であちこち飛び回る。彼女は動き回る事で黒腕を逃れ、時には炎爪を振り払って切り裂く。



「にゃあっ!!」

『ちぃいっ!!ちょこまかと動くなっ!!』

「す、凄い……なんという素早さ!?」

「はっ……修行は真面目に行っていたみたいだね」



本物の猫の如く身軽な動きでブラクを翻弄するミイナにリンダは驚いた表情を浮かべ、一方でバルルの方は満足そうな表情を浮かべる。どうやら自分が不在の間もミイナは真面目に鍛錬を行い、動きに磨きが掛かっていた。


持ち前の身軽さと炎の爪を生かしてミイナはブラクの攻撃を躱し、時には反撃を繰り出す。しかし、いくら切りつけてもブラクの黒腕は瞬時に再生して攻撃を続行させる。仮に生前の頃のブラクならば既に魔力が切れていてもおかしくはないが、怨霊と化したブラクは自然界の闇の魔力を無尽蔵に吸収する事で魔力が尽きる事はない。



(こいつ……前に戦った時よりも強い。このままだと私の方が持たない)



ブラクと違って生身の肉体のミイナの場合、逃げ続ければ体力と魔力を消耗していずれは限界を迎える。いくら獣人族の彼女でもいつまでも避け続けれるわけではなく、遂には一本の黒腕に片足を掴まれてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る