第367話 執念

――怨霊と化した存在は時間が経過するごとに理性は失われていき、生前の意識は殆ど残っていない。しかし、ブラクのように元々から闇属性の適性が高い存在は怨霊と化した後も根強く意識を残す場合がある。


ブラクは学園内に広がった黒霧を全て取り込む事で強大な闇属性の魔力を身に付け、影魔法で肉体を築き上げる。最早彼にとっては自分の元々の肉体など必要とせず、漆黒の巨人と化したブラクはバルル達に襲い掛かった。



『しねぇっ!!』

「避けなっ!!」

「わわっ!?」

「くぅっ!?」



バルルは咄嗟にリンダとエルマを突き飛ばして自分も離れると、ブラクの繰り出した拳が床に繰り出される。しかし、拳は衝突しても床は罅割れる所か当たった時の衝撃も音もなかった。


勢いよく殴りつけたにも関わらずに当たったはずの床には傷一つ付かず、これではまるで殴ったというよりも床に拳を押し当てた様にしか見えない。それを見たバルルは疑問を抱く。



(こいつ、案外見掛け倒しかい?いや、そんなはずはない……さっきから嫌な予感が収まらない)



床を壊す事もできないブラクにバルルは一瞬だけ警戒を緩めかけるが、すぐに彼の姿を見て思い直す。異形の怪物へと成り代わった相手を前に油断はせず、彼女はリンダとエルマに逃げるように促す。



「あんた達、先に行きな!!」

「先生!?待ってください、先生だってもう……」

「そ、そうです!!先生も魔力が……」

「馬鹿言うんじゃないよ、別に死ぬつもり何て更々ないよ!!」



リンダとエルマは自分達を逃がそうとするバルルに対して、彼女は自ら囮となってブラクを足止めするつもりなのかと思った。しかし、バルルも自分を犠牲にして時間を稼ぐつもりはなく、彼女は窓に視線を向けた。


校内を覆っていた黒霧が消えた事で窓からは月光が差しており、彼女はそれを利用してブラクに反撃に出るつもりだった。彼女は懐に手を伸ばすと、隠し持っていた道具を取り出す。



「こいつを喰らいな!!」

『ぎゃあっ!?』



バルルが取り出したのは「手鏡」だった。掌に収まる程の小さな鏡をバルルは取り出し、それを利用して窓から差す月光を反射してブラクの顔面に当てる。ブラクは光を浴びた瞬間に苦しみ出し、彼女は即座に逃げ出す。



「ほら、走りな!!」

「は、はい!!」

「くっ……」



エルマはリンダの肩を担いで駆け出し、その後にバルルも続く。彼女も疲労困憊だが今は泣き言を言っている暇はなく、残された体力を使って廊下を駆け抜ける。



(まさかミイナの奴に渡すつもりだった土産をこんな形で使う事になるなんてね……)



どうしてバルルが手鏡を持っていたのかと言うと、彼女はマリアから頼まれた仕事で遠征する際、必ず自分の生徒達には土産を買う約束をしていた。授業に付き合えない代わりに生徒のご機嫌取りのために彼女は地方の土産物を買うのが恒例となっていた。


ミイナに渡すはずだった手鏡を利用してバルルはブラクの注意を反らす事に成功し、彼女は逃げながらも後方の確認を行う。廊下を覆っていた黒霧が消えた事で現在の校内には窓から月光が差しており、この光を浴びればブラクも本来の力を引き出せないはずである。



(黒霧が消えたなら先生だってもうすぐ来てくれるはず!!それまでは時間を稼げば……)



黒霧のせいでマリアが救援に来られない事はバルルも理解しており、彼女は必ずマリアが助けに来てくれることを信じて逃げようとした。しかし、逃走の際中にマリアはブラクの姿を見失う。



「なっ!?ど、何処へ消えたんだい!?」

「先生!!天井です!!」

「危ないっ!?」



後方に存在したはずのブラクが消えた事にバルルは戸惑うが、すぐにリンダの言葉を聞いて彼女は天井を見上げた。そこには天井を這うように移動するブラクの姿が存在し、彼は窓から差す月光に当たらない場所を移動してバルル達に追いつく。



『ごろすぅううっ!!』

「きゃあっ!?」

「先輩、危ない!!」

「くそったれがっ!!」



ブラクはバルル達に逃げる方向に黒腕を伸ばし、彼女達の逃げ道を塞いだ。追いつかれたバルルはエルマとリンダを引き寄せて固まるが、もう反撃手段は残されていない。


先ほどのように手鏡を利用して月光を反射させる手段は何度も通じるとは思えず、追いついたブラクは天井から降りると今度は背中から無数の黒腕を出現させた。黒腕を生やしたブラクはバルル達を捕まえるために腕を伸ばす。



『うがぁあああっ!!』

「二人とも下がって下さい!!ここは私が……」

「いや、私がやる!!あんたは下がってな!!」

「駄目です!!二人とも魔法をこれ以上使えば……」



黒腕を伸ばして自分達を捕まえようとしてくるブラクに対し、咄嗟にリンダとバルルは魔拳を使おうとしたが二人とも既に肉体は限界を迎えていた。これ以上に無理に魔法を使えば二人の身体が持たずに死んでしまう。

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