第356話 黒霧

「……どうなってんだい」

「これは……」



暗闇の校舎の中をランタンで照らしながら歩くリンダと、その後ろにバルルが続く。二人は医療室でマカセの様子を見ていたのだが、先ほどマリアと行動を共にしていたエルマと合流を果たす。


エルマからマリアが既に魔法学園に戻っている事を知ったバルルは彼女にマカセの事を任せ、報告も兼ねてマリアが待つはずの屋上へ向かう。その途中で校舎の見回りも行っていたのだが、二階に上がる階段の前でバルル達は立ち止まる。



「妙な気配を感じるね……いや、これは気配と言うよりも」

「魔力……ですね」



魔拳士であるバルルとリンダは並の魔術師よりも気配に敏感で同時に肌で魔力を感じ取る事ができた。暗闇の廊下を移動中、何処からか魔力を感じ取った二人は背中を合わせる。



「この嫌な感じ、まるで魔物の群れに囲まれている気分だね」

「はい……ですが、姿が見えません」

「ああ、それはあたしも気になってた」



先ほどからバルルとリンダは周囲の見渡しているが何故か人の姿は見当たらず、マオ達に避難誘導を負かせた生徒達もまだ校舎内には入り込んでいない。それにも関わらずに二人は校舎内に魔力を感知し、しかも自分達を取り囲むように魔力が広がっていた。



「こいつはどういう事だい。姿は見えないのにまるですぐ傍に誰かがいるような気がするね」

「……幻覚、でしょうか?それとも姿を透明する魔道具を使って隠れているとか?」

「いや、どっちも違うね」



長年冒険者を勤めていたバルルは姿を隠蔽する能力や魔道具を所有する相手とも戦った事があるが、彼女が知っている限りでは今回の事態はどちらも当てはまらない。姿は見えないが間近で気配を感じ取り、妙に気分も悪くなってきた。


試しにバルルは何もない空間に手を伸ばしてみると、暗闇の中から突如として黒色の腕のような物が出現した。その腕はバルルの腕を掴むと、無理やりに暗黒空間に引きずり込もうとする。



「うわっ!?」

「先生!?」



突如として暗闇空間から出現した謎の黒い腕に右腕を掴まれたバルルは驚いた声を上げ、咄嗟にリンダが彼女の身体を掴む。この時にリンダが手に持っていたランタンの光が偶然にもバルルの腕を掴んでいたを照らすと、黒霧と化して消えていく。



「こ、こいつは!?」

「先生!!これは影魔法です!!まさか奴が……!?」



光を当てた瞬間に暗闇から出現した黒腕が消えたのを見てリンダは正体を見抜き、何者かが影魔法でバルルを捕まえようとした事を知る。即座にリンダの脳裏に思い浮かんだのは七影のブラクであり、自分とマカセに倒されたはずのブラクが生きていたのかと驚きを隠せない。


ブラクがまだ生きていた事にリンダは信じられなかったが、すぐに冷静さを取り戻した彼女はランタンで周囲を照らす。そしてバルルに影魔法の弱点を告げた。



「先生!!恐らくは影魔法の使い手が近くにいるはずです!!常に灯りを手放さないでください!!」

「……いや、違う。今のは影魔法じゃないよ」

「えっ!?」



リンダはブラクが何処かに隠れていると確信したが、当のバルルは捕まれた腕を抑えて座り込む。彼女の行動にリンダは驚くと、バルルは黒腕に掴まれた箇所を示す。



「影魔法の特性はあたしも知っている。ダチに影魔法の使い手がいるからね……けど、実体化した影に身体を掴まれたとしてもこんな風にはならないはずだよ」

「こ、これは……!?」



闇の中から出現した黒腕に掴まれたバルルの腕が老人の痩せ細っており、彼女は医療室から持参した回復薬を取り出して急いで腕に振りかける。すると痩せ細った腕も元の状態に戻ったが、感覚が痺れて自由に動かせない。



「さっきの腕に触れた瞬間、まるで魔力を……というよりも生命力が奪われた感じだ。あんたが助けてくれなかったらやばかったかもしれない」

「生命力……!?」

「……ようやく理解したよ、あたし達は最初から囲まれていたんだ。暗闇に紛れて気付かなかったけど、既にこの校舎はされている!!」



冷や汗を流しながらバルルはランタンを持ち上げて周囲を照らそうとすると、廊下内に黒色の霧に満たされていた。光を浴びると黒霧は掻き消えるので移動の際中は気付かなかったが、既に校舎内は黒霧が広がっていた。


リンダとバルルが自分が取り囲まれているような感覚を覚えたのは錯覚ではなく、既に二人は闇属性の魔力だと思われる黒霧に囲まれていた。この黒霧の正体は何者かが発する魔力であり、しかも影魔法のように実体化して襲い掛かる。



「ま、まさか!?」

「この黒霧に触れるんじゃないよ!!灯りがある場所から離れるんじゃない!!」

「先生……もう取り囲まれています!!」



二人は背中合わせの状態でランタンを掲げるが、暗黒空間から無数の黒腕が出現して二人を取り囲む。灯りに近付きすぎると黒腕は霧と化して消えてしまうようだが、これでは迂闊に動けなかった。

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