第354話 七影殺し

――時は少し前に遡り、校舎の廊下に一人の男が這いずりながら出口を目指していた。男の正体はブラクであり、驚くべき事に彼はまだ生きていた。



「はあっ、はあっ……くそっ!!」



マカセの魔法によって死んだかと思われたブラクだったが、彼は全身の怪我を影魔法を利用して塞ぎ、傷口を影で覆う事でこれ以上に血を流れないようにする。


元々ブラクは両腕も両足も存在せず、普段から義足と義手を影魔法で操作していた。だからこそ彼は生きているのならば影魔法を利用して自分の手足を作り出し、傷跡を影で塞ぐ事もできた。しかし、今回ばかりは流した血の量が多すぎて意識も混濁して正常な思考もできない様子だった。



「殺してやる、全員……殺してやる」



血走った目でブラクは自分をこんな目に追い込んだ人間全員を殺すために外へ向かう。しかし、彼が出入口の扉に辿り着こうとした時、何者かが立ちはだかる。



「何だ、まだ生きてたんですか貴方」

「何だと……!?」



にブラクは顔を上げると、そこには自分が魔法学園内に潜入する際に協力してくれた少女が立っていた。彼女の顔を見るとブラクは落ちつきを取り戻し、ようやく味方が現れた事に安堵した。



「は、ははっ……丁度いい所に来てくれたな。俺をここから運び出せ、あいつらをぶっ殺すんだ」

「その怪我でまだ戦うつもりですか?」

「当たり前だ!!俺を虚仮にした奴等全員、ぶっ殺してやる!!」



少女の言葉にブラクは激高し、早く自分を校舎の外に移動させるように命令する。しかし、そんなブラクに対して少女は淡々と告げた。



「まだ気づいていないようですから言いますけど……貴方、

「はっ……?」

「自分の身体の状態も分からないんですか?」



ブラクは少女の言葉に呆然とするが、彼の後ろを少女は指差す。その行動を見てブラクはどうにか後ろに顔を向けると、廊下には大量の血痕が残っていた。



「もう自分の影を操作する力も残っていないようですね。これだけの血の量だと……どんな回復薬を使用しても治る事はありません」

「な、何を言って……がはぁっ!?」

「ようやく限界を迎えましたか」



廊下の血の跡を見てブラクは信じられない表情を浮かべ、彼は赤黒い血を吐き出す。いくらブラクといえどもここまでの戦闘で既に彼の身体は限界を迎え、いつの間にか影魔法が解除されてしまった。


影魔法で傷口を包み込む事でどうにか命をつなぎとめていたブラクだったが、少女の言葉を聞いて現実を知った途端にブラクは意識が薄まっていく。自分の肉体が既に死体と化し始めている事を理解したブラクは悔し気な表情を浮かべて少女を見上げる。



「し、死ぬ……死ぬのか、この俺が……?」

「そうですよ、貴方はここで死ぬんです」

「い、嫌だ!!死にたくない、まだ俺は……」

「往生際が悪い人ですね」



この期に及んでみっともなく生きる事に執着するブラクに対し、少女は腰に差していた薬瓶を取り出す。どんな治療を施そうと今のブラクを治す事はできないが、夜が明けるまでの間だけ彼の意識をこの世に留める事はできた。



「これを飲めば朝までは生き延びる事ができるかもしれませんね」

「な、何だそれは……」

「貴方も良く知っているでしょう?」



少女が取り出したのはリクが渡した「強魔薬」だった。彼女はリクから渡された物とは別に強魔薬を所持しており、こちらの方は彼女が独自に改造を加えた代物だった。これを飲めば爆発的に魔力が高まるが、その反面に生命力を削り取る副作用も強化されていた。



「これを飲んだ人間は確実に死にます。しかし、もう既に死にかけている貴方には関係ない話でしょう?」

「い、嫌だ!!止めろ、そんな物を……」

「ならここで死にますか?別に私はどっちもでいいですよ」

「し、死にたくない……嫌だ、死にたくない……」

「ご自分で選んでください」



薬を飲めば確実に死ぬが朝までは生き延びる事ができる、薬を飲まなくとも肉体の限界を迎えているブラクは間もなく死を迎える。実質的にブラクの残された選択肢は一つだけで有り、少女が差し出した薬瓶をブラクは口の中にねじ込まれる。



「んぐぅっ!?」

「じゃあ、後の事は任せますよ。私は疲れたので帰らせてもらいます」



薬をブラクに流し込むと少女は何事もなかったように校舎を抜け出し、女子寮の方角へと向かう。残されたブラクは薬を飲み込むと、途端に白目を剥いて意識を失う。



「うっ……あ、がぁあああっ!?」



意識を失いながらもブラクは苦しみもがき、やがて完全に動かなくなった。まるで本物の死体のように動かなくなったブラクだったが、この時にマリアが帰還を果たす。


マリアは屋上に移動すると風の精霊を通して学校内の調査を行う。この時に彼女はブラクを確認したが、既にブラクのと化していた。だからこそ彼女はブラクが死んだと思っていたが、この後にマリアでさえも予想できない最悪の出来事が引き起こされようとしていた――

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