第340話 バルルの直感

「――何だい、この感じ……」

「えっ?寮母さん、どうしたんですか?」

「いや……」



獣牙団の傭兵達を返り討ちにした後、バルルは女子生徒と共に倒した傭兵達を縛り付けて学園内に生えている樹木に吊るしていた。獣人族の傭兵は油断できず、縄抜けして襲い掛かってくる事を考慮して彼女は彼等を縛り付けて吊るすのが有効だと考えた。


もしも縄を外したとしても吊るされている状態で縄が抜ければ地上まで落ちてしまうため、見張りをしている生徒が見逃すはずがない。学園内に侵入した獣牙団は全て捕まえたはずであり、もう何も心配する事はないのだがバルルは異様な気配を感じ取る。



(こいつはとんでもない化物が入ってきたようだね……)



元冒険者の勘がバルルに危険を知らせ、彼女は女子寮の生徒達に視線を向けた。マリアから言付かっていたのは学園の生徒を守る事であり、彼女は約束を果たすために自ら危険を迎え撃つ事にした。



「あんた達は部屋の中に戻りな。しっかり戸締りしておくんだよ」

「えっ?は、はい……分かりました」

「この人達はどうするんですか?」

「そいつらは……そうだね、ミイナに見張りを任せるよ」

「私?」



女子生徒の中からバルルは自分の生徒でしであるミイナを呼びよせ、彼女に見張り役を頼む。彼女の肩を掴んでミイナだけに聞こえるように囁く。



「ちょいとやばい奴が学校に入り込んできたかもしれない……いざという時はあんたがこいつらを守るんだよ」

「バル?」

「どうしても手に負えそうにない時はあんたの王子様に助けを求めな……あいつならきっと来てくれる」



ミイナに後の事を託すと彼女は笑みを浮かべ、バルルの表情を見たミイナは何かが伝わったのか、黙って頷く。バルルは女子寮を離れると急いで校舎の方へ向かう。


距離が離れているにも関わらずにバルルは異様な気配を感じ取り、初めて大型の魔物と遭遇した時の事を思い出す。自分よりも圧倒的に強大な力を持つ存在と対峙した時と同じ感覚を覚えながらも、バルルはマリアとの約束を果たすために自ら向かう。



(……あいつだね!!)



バルルは魔法学園の正面玄関に辿り着くと、そこには一人の男が立っていた。その男は既に敷地内に入り込み、駆けつけてきたバルルを見て鼻を鳴らす。



「この学園の教師か?惜しいな、もう少し若ければ長生きできたかもしれないのにな」

「……何だい、あんたは?」



現れた男を見てバルルは冷や汗を流し、目の前に立つ獣人族の大男は彼女がこれまでに出会ったどんな冒険者よりも迫力を放つ。右腕は義手であり、彼の足元には数十名の兵士が倒れていた。


倒れている兵士に視線を向けてバルルは魔法学園の警護を行う兵士だと気付き、獣牙団の傭兵が襲撃の際に彼等が一向に現れない事に疑問を抱いてたが、どうやら既に兵士達は目の前の男に倒されていたらしい。



「そいつらをぶっ倒したのはあんたかい?」

「こいつらか……いや、。俺が来た時にはこいつらは既に倒れていたぞ」

「何だって……?」



バルルは男が兵士達を倒したと思い込んだが、彼によれば既にここへ来た時点で兵士達は倒れていたと報告する。バルルは信じられなかったが男が嘘を吐いているようには見えず、何者が兵士を倒したのかと考える。



(先に侵入した獣牙団の傭兵が兵士を倒した?いや、あいつらの目的はミイナのはず……わざわざ兵士を交戦して時間を無駄にするはずがない。という事はまだ他に侵入者が!?)



捕まえた獣牙団の傭兵から他の仲間の事を聞き出したが、自分達以外には侵入した人間はいないと語っていた。しかし、兵士を倒したのが彼等や目の前の男でなければ他に別の人間が学園内に侵入したとしか考えられない。


バルルは振り返ってミイナの身が危ないと判断したが、そんな彼女に対して男は足元に転がっていた兵士を蹴り飛ばす。



「よそ見している場合か!?」

「くっ!?」



蹴り飛ばされた兵士はバルルの元へ向かい、彼女は咄嗟に受け止めようとしたが直感で危険を察知する。このまま受け止めれば大変な事になると気付いたバルルは後ろに跳んで躱す。


彼女の判断は正しく、蹴り飛ばされた兵士の後ろから目にも止まらぬ速さで男が迫っていた。彼は自分が蹴り飛ばした兵士に追いつくと、その身体を掴んで地面に叩きつける。兵士の頭部が地面に叩きつけられた際にめり込み、それを見たバルルは冷や汗を流す。



「ほう、いい判断だ。ただの教師じゃなさそうだな」

「あんた……そうか、やっと分かったよ。あんたが獣牙団の団長だね!!」



片腕で兵士を地面に串刺しにした男を見てようやくバルルは正体に気が付き、目の前に立つ男こそが獣人国の最悪の犯罪者である「コウガ」だと見抜く。コウガは自分の攻撃を躱した彼女に興味を抱き、もしもバルルが避けていなかったら勝負は終わっていた。


仮にバルルが蹴り飛ばされた兵士を受け止めていた場合、兵士の後ろから迫ったコウガの攻撃を防ぐ事はできなかった。彼女は蹴りつけられた兵士の顔が見えた時、既に死亡している事を見抜いて敢えて後ろに下がった。


倒れている兵士は全員が既に死亡しており、顔色は血の気を失って瞳も虚ろだった。もしもバルルが死んでいる事に気付くのが遅れていたら今頃は彼女が地面に頭を突っ込んでいたかもしれない。

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