第339話 多重結界

「こ、これはいったい……何が起きてるんですか?」

「どうやらさっきの言っていた男の話、満更嘘でもなかったようね」

「まさか!?」



ワンを拘束する際、七影の中で最も警戒するべき相手は「ニノ(ネカ)」だと語った。マリアは無数の結界石を鉄柵に取りつけた屋敷を見て珍しく苦笑いを浮かべ、自分がまんまと嵌められたと知る。


七影の中でも頭脳派のニノは屋敷内にマリアが訪れる事を想定し、事前に自分の屋敷に多数の結界石を用意していた。これほどの結界石を集めるには相当な資金と時間を要するはずだが、王都一と言っても過言ではない商人のニノは莫大な資産を持っているため、結界石の罠を仕掛けるのに手間取る事はない。



「学園長、この結界を破る方法はないのですか!?」

「私が魔法を発動させて結界を破壊しても、すぐにまた新しい結界が生み出される。そうなると結界石を一つずつ破壊するしかないわ」

「そ、そんな……」

「他にも方法がないわけではないけど、どちらにしてもこの結界を抜け出すには相当な時間が掛かる……それまでの間、外で何が起きようと私達は何もできないわ」

「くっ……」

「でも、少し気になる事があるわね……この結界はどうして私に反応したのかしら?」



現在のマリアは自分の居場所を知られないように魔力を極力抑えており、生徒会長のリンダが使用していた魔力を封じる魔道具を使用している。それにも関わらずにまるでマリアが訪れた事を予期したかのように結界は発動した。


結界が発動したのはマリアとエルマが屋敷の外に抜け出そうとした瞬間だが、もしも誰かが屋敷を抜け出そうとしたら結界が発動する仕組みの場合、一つだけ疑問が残る。それはこの屋敷に居たはずのコウガが姿を消した事であり、もしも彼が屋敷を抜け出したのならば何故結界は発動しなかったのか、その点がマリアは気になった。



(この結界の発動条件が何者かが屋敷を抜け出す時に作動する仕組みだとしたら、そもそもこの屋敷に暮らす人間はどうやって出入りしていたのか……もしかしたら結界を解除する方法が別にある?)



コウガが屋敷から抜け出したのならば彼は結界を作動させずに外へ抜け出した事になり、彼は結界の発動条件を知っていた。もしかしたら結界を発動させずに抜け出す方法があったかもしれないが、既に結界を発動した時点で探っても無意味だった。



「貴方は屋敷の中を探しなさい。もしかしたら結界を解除する方法があるかもしれないわ……それと、もしも屋敷内に誰かを見つけたらすぐに知らせなさい」

「は、はいっ!!学園長はどうされるのですか?」

「私はここの結界石を一つずつ破壊していくわ。マオ君の魔法を見習って、ね」

「マオ……?」



マリアの言葉にエルマは戸惑い、彼女はマオの事を知らない。しかし、マリアは今この状況で最も役立つ魔法がマオの魔法だと気付いていた。


杖を構えたマリアは水属性と風属性の魔石から魔力を引き出し、自分の周囲に氷の塊を次々と作り出す。マオの魔法は風属性と水属性の両方の性質を併せ持ち、二つの魔力を使用しなければ再現はできない。



(結構神経を使うわね……でも、面白いわ)



彼女はマオの魔法を再現する際に思っていた以上に扱いが難しい事に気付き、普段からマオが使用している魔法がまさかこれほど精神力を削るとは思わなかった。しかし、生徒ができる事を学園長の自分ができないわけにはいかないと思い、彼女は無数の氷塊を別の形に変えて鉄柵に嵌め込まれている結界石に放つ。



「名付けるとしたらそうね……氷刃アイスカッター!!」

「きゃっ!?」



マオの氷刃は円盤型チャクラムの氷の刃を作り出すが、マリアの場合は周端の部分にさらに鋭利な刃物を付け加える。彼女は結界石に目掛けて無数の氷刃を放つと、次々と結界石に傷をつけていく。



(……思っていたよりも硬いわね、これは破壊するのに苦労しそうだわ)



結界石に氷刃が衝突すると火花が散り、完全に切り裂くまで数秒の時を要した。複数の氷塊を操作して結界石を次々と切り付けていくが、それでも全ての結界を破壊するまで30分近くは掛かりそうだった。


30分の間はマリアは屋敷から抜け出す事はできず、その間に外で何が起きても彼女は関与する事はできない。それが盗賊ギルドの狙いであり、この30分の間にニノとリクがミイナを攫えば形勢は逆転する。



(あの子はまだ来ないのかしら……)



マリアは結界石を破壊しながら空を見上げ、もしも連絡が届いているのならばもう一人の味方が王都に到着するはずである。が王都に辿り着けば戦況も優位に立つが、今は来るかどうかも分からない人物に期待するよりも結界の破壊に急ぐ――






――同時刻、魔法学園の方でも異変が起きていた。侵入してきた獣牙団の傭兵は女性陣に打ち倒され、リクが操作していたミノタウロスはマオの手によって撃破された。これでもう安全かと思われたが、更なる脅威が魔法学園に迫っていた。

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