第293話 闇魔導士

(何だ!?)



足元から近付いてくる触手を見てマオは危険を感じ取り、咄嗟に上に跳躍して触手を避けた。その判断は正しく、触手はマオが上に逃げると彼から狙いを変えて氷鎖で拘束されているゴヨクの元へ向かう。


ゴヨクに触手が近付いているのを見てマオは嫌な予感を抱き、彼の元に触手が届く前に氷鎖を操作して触手を弾こうとした。



「このっ!!」



氷鎖がゴヨクから離れると彼を守るために触手に近付く。しかし、触手はまるで屋上の床の中に溶けるように消え去り、それを見たマオは驚きを隠せない。



(何だ!?今の……まずい!?)



マオは触手が消えたのを確認すると、反射的に倒れている生徒二人に視線を向けた。彼が振り返った時には既に二人は屋上の床から生えてきた触手に拘束され、強制的に立たされていた。



「あ、ううっ……!?」

「がはぁっ……!?」

「なっ……なんだ!?」

「ひひっ……よく気づいたな」



触手に拘束された二人を見てマオは戸惑うと、彼の後ろの方から声が聞こえた。驚いてマオが振り返るとそこには先ほど学生寮で遭遇した男が立っており、その手には漆黒の杖が握りしめられていた。


男の姿を見てマオは咄嗟に杖を構え、彼が二人を捕まえた人物だと判断した。そして男が何か行動を起こす前にマオは魔法を放つ。



「このっ!!」

「おっと」

「なっ!?」



マオが氷弾を発射するとそれを見ていた男の影がうごめき、彼の身体を影が包み込む。自らの影を纏った男は頭に氷弾を受けるが、影で覆われた箇所に氷弾が衝突した瞬間、衝撃が殺されてしまう。



「無駄だ、俺の影はお前の魔法じゃ打ち破れない」

「な、何だお前!?」

「自己紹介の必要はない……お前も死んでもらうぞ」

「うわっ!?」



自分の影を纏う事でマオの攻撃をした男は杖を構えると、今度は影から無数の触手を出現させてマオの元へ放つ。それを見たマオは咄嗟に上に飛びのき、氷板を作り出して上空へと逃げた。



(さっき、攻撃が通じなかった……いったい何の魔法を使ってるんだ!?)



男が使用している魔法の正体が分からずにマオは困惑し、先ほどの氷弾は手加減したとはいえ、普通の人間ならば頭に受ければ間違いなく気絶する程度の威力はあった。しかし、それを受けても平気という事は男はマオの攻撃を無効化したとしか考えられない。



(あいつは自分の影を操っている……という事はこの黒い触手の正体も奴の影?そういえば前に授業で影を操る魔術師も居るとか聞いたような……)



必死にマオは授業で習った内容を思い出し、魔術師の中には自分の影を操作する変わった魔法の使い手がいると聞いた事があった。彼等が扱うのは「影魔法」と呼ばれ、名前の通りに自分の影を自由自在に操作する魔法である。


影魔法は闇属性の魔術師にしか扱えず、彼等は自分の影を実体化させてありとあらゆる形に変化する事ができる。実体化させた影を触手のように変化させて相手を拘束する事もできるし、自分の全身に覆い込む事で「影の鎧」へと変える事も可能だった。



(さっき、氷弾は影に触れた途端に勢いを失ったように見えるけど……まさか、あの影は物理攻撃が効かないのか!?)



マオの氷弾は男の影に触れた途端に動作が止まり、その事から男の作り出す影は物理的な攻撃が通じない可能性があった。あくまでもマオの予想に過ぎないが、彼は本当に男に自分の魔法が通じないのかを試す。



「これならどうだ!!」

「ひひっ……何をするつもりだ?」



三又の杖の先端部を掴んだマオは男に構えると、それを見た男は気色の悪い笑みを浮かべて両腕を広げた。まるでマオの攻撃を待ち構えているかのように男は動かず、そんな相手にマオは容赦なく魔法を放つ。



乱射ガトリング

「ひぃいいっ!!」



先端部を回転させる事でマオはガトリング砲のように氷弾を次々と作り出して撃ち込むと、男は迫りくる無数の氷弾に対して再び影の鎧をまとって攻撃を受けた。


氷弾は男の身体に触れた途端にまるで運動エネルギーが吸収されたかのように停止し、次々と床に落ちて消えていく。それを見たマオは男の作り出す影に自分の魔法が通じないと知って戦慄する。



(やっぱり効かない!?何なんだ、あいつの魔法!?)



いくら氷弾を撃ち込もうと通じない事を理解したマオはこれ以上に無駄な魔力の消費を避けるために攻撃を中断すると、今度は男の方が自分が纏っていた影を解除してマオの元に触手を放つ。



「そろそろ降りて来い」

「うわっ!?」



マオが空中で足場にしていた氷板に触手が絡みつくと、信じられない力で引き寄せられてマオは無理やりに床に落とされる。痛みに堪えながらもマオは男に杖を構えようとしたが、それに対して男は影を操作してマオの身体を拘束した。



「動くな」

「ぐふっ!?」



触手に変化した影にマオは捕まってしまい、いくら力を込めようと触手を引き剥がす事ができなかった。それどころか触手に触れた瞬間に魔力を奪われる感覚に襲われ、マオは苦し気な表情を浮かべた。

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