第275話 商人ネカの正体
「どうかされましたか?もしや名前を名乗れない事情があるのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……あの、お礼はいらないので今日僕が助けた事を誰にも話さないと約束してくれますか?」
「なんと……」
マオの提案にネカは呆気に取られ、普通に考えれば名前を名乗るために自ら助けた礼を拒否するなど有り得ない。しかし、命の恩人からの言葉であれば無下にする事もできずにネカは承諾してくれた。
「分かりました。私を含め、この場にいる全員に貴方の事は他言しないように約束します」
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらずに……それとどうかお礼の方も受け取って下さい。命を助けてくれた方に何もせずに帰すのは私の主義に反しますので、どうかこちらをお受け取り下さい」
「いや、そんな……」
「どうかお受け取り下さい」
名前を名乗らない代わりにマオはお礼を受け取らないつもりだったが、ネカはそれでは自分の方が納得できないのか彼に小袋を差し出す。それを見たマオは最初は遠慮しようとしたが、ここで断る方が相手に失礼かと思い直す。
「ど、どうも……」
「貴方様のお陰で私も皆も助かりました。よろしければこのまま共に王都へ参りませんか?」
「え?いいんですか?」
「ええ、構いませんとも」
マオは王都に戻る際に頭を悩ませていたのが城門であり、まだ夜明けを迎える前の時間帯にマオは城壁を飛び越えて抜けたが、日中の間では目立ちすぎるので同じ方法は扱えない。
商団の馬車に乗せてくれるのならばマオは問題なく城門を潜り抜けて王都へ戻る事ができる。そう考えたマオはネカの提案に承諾し、王都まで連れて行ってもらう事にした――
――ネカは命を救ってくれた魔術師の恩人を迎え入れると、密かに人を呼んで彼の様子を観察させる。今の所は馬車の馬たちを休ませるために馬車は川に停まっており、もうしばらくしたら出発するつもりだった。
「あの少年の様子はどうだ?」
「特に我々の事を警戒せず、若い連中と話をしております。年齢が近い人間の方が落ち着くのでしょう」
「そうか、それで彼の正体は分かったか?」
「いえ、それが王都で有名な冒険者や傭兵の資料を確認しましたが今の所は一致する人間はいません」
「ふむ、ならば年齢的に考えても魔法学園の生徒……という可能性も大いに有り得るか」
馬車の中にてネカは最初にマオと接触した御者に彼の事を調べさせた。実を言えばこちらの御者はネカが最も信頼する部下であり、彼は高名な冒険者と傭兵の資料を取り出す。
部下に調べさせた限りではマオは有名な冒険者や傭兵ではなく、年齢は14~15才ぐらいである事からネカは魔法学園の生徒ではないかと推察する。彼の予測は当たっており、御者の男から詳しい話を聞く。
「彼は氷の魔法の使い手だと言ったな?」
「はい、馬車を運転する時に彼が空を飛ぶ氷の板のような物に乗り込んでいました。ここへ来るときも同じ物に乗っていたので氷属性の使い手かと……」
「人間で氷の魔法が扱える魔術師は滅多にいないはず……もしも冒険者や傭兵だとしたら話題にならないはずがない」
「名前を名乗らない所、何か事情があるようですが……」
「うむ、あれだけの魔物を一掃する実力……是非とも我が商会に欲しい人材だ」
ネカはボアの群れを一人で追い払ったマオを高く評価し、もしも傭兵や冒険者だとしたら自分の商団の護衛として雇いたいと考えていた。だが、彼は他に悩みの種があった。
「会長、やはり先ほどのボアの群れは……」
「うむ、明らかに我々を狙っていた。それに彼から聞いた話によるとボアの身体にはこの紋様が刻まれていたそうだ」
「こ、これは!?」
マオが商団と合流した際、彼は倒したボアに契約紋が刻まれていた事を話し、商団を率いる会長のネカにも紋様の事を話した。マオはボアの紋様を羊皮紙に書き込み、それをネカに渡していた。
ネカがマオから受け取った紋様を書き写した羊皮紙を見せると、彼の部下は紋様を見て驚愕の表情を浮かべ、すぐに忌々し気に羊皮紙を握りしめる。
「この紋様はやはり奴の……おのれ!!いったい何を考えている!?」
「どうやら本格的に私の地位を狙ってきているようだな。身の程知らずめ……」
「ネカ様、どうされますか?奴を始末しますか?」
「いや、奴が単独で行動するとは思えん。恐らく、他の七影が手を貸している」
「七影……!!」
七影の名前をネカが口にした途端、御者は緊張した様子で彼を見つめた。ネカは偽名であり、彼の本名は「ニノ」盗賊ギルドの幹部である七影の一角だった――
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