第182話 戦うしかない

「誰も馬誰が運転できないのならどうしようもないだろ。それに爺さんとあんたを放っておいて俺達だけで逃げれるはずないしな……」

「そうそう」

「師匠、僕達は逃げません!!」

「……仕方ない奴等だね」



逃げるつもりはない事をマオ達は断言すると、その言葉を聞いてバルルは頭を掻いてどうするべきかを考える。本音を言えばこのまま彼等だけでも逃がしてやりたいが、馬車を運転できる人間がいなければどうしようもない。


腕の痺れが抜ければバルルが馬車を運転して逃げる事もできるが、その場合だとアルルの命が危ない。今の彼は絶対安静の身で休ませなければならず、振動が激しい馬車に乗せたりしたら命の危機に関わる。



「こうなったら奴が臭いを辿ってここにくるまでに罠を仕掛けないといけない。あいつが罠に引っかかって動けなくなった所をあんた達の魔法で仕留める、それしか方法はないね」

「僕の魔法で……」

「お、俺も?」

「それしかないと思う」



赤毛熊を倒すにはどうしてもバルルやミイナでは相性が悪く、彼女達の扱う火属性の魔拳は火耐性を持つ赤毛熊には通用しない。そうなると氷と風を扱うマオとバルトだけが頼りとなり、どうにか赤毛熊を罠に嵌めて動けないようにすれば二人の魔法で仕留められる可能性はあった。



「いいかい、あんたらの魔法は赤毛熊にも十分に通じる。問題なのはあいつと戦う覚悟を決める事さ」

「覚悟……」

「森で出会った時にあんた達は怯えて碌に身体も動かなかっただろう?だけど、戦う以上は覚悟を決めないといけない。恐怖に立ち向かう覚悟はあるかい?」

「……どうせ何もしなければ殺されるんだ、だったらやってやる!!」



バルルの言葉にバルトはすぐに返答するが、それに対してマオは考え込む。正直に言えば赤毛熊は怖いが、それでも戦わなければ死ぬと考えれば選択肢は一つしかない。しかし、それでも赤毛熊を思い出すだけで身体が震える。



(本当に僕の魔法が通じるのかな……もしも通じなければ死ぬかもしれない)



森で遭遇した時は赤毛熊に対して自分の魔法が通じるのではないかと考えたマオだが、いざ赤毛熊と本当に戦わなければならない状況に追い込まれると途端に緊張してしまう。


自分の魔法はバルトの中級魔法にも匹敵する威力がある事は承知しているが、それでも化物ような風貌をした赤毛熊を倒せるかと考えると自信はない。それでも戦わなければ生き残れず、彼は覚悟を決めるように頬を叩いて気合を入れる。



「大丈夫です!!やりましょう!!」

「そうかい、なら罠を用意しないとね……昨日のうちに回収した魔物の素材、全部運び出すんだ!!そいつを餌にして奴を誘き寄せるよ!!」

「見張りなら任せて、臭いがしたらすぐに教える」

「あ、ああ……」

「ミイナ、頼んだよ」



ミイナを見張り役に任せてマオ達はバルルの指示通りに倒した魔物の肉を利用して罠の設営を行う――






――バルルの考えた罠は魔物の肉を餌に利用して赤毛熊を誘き寄せ、赤毛熊が餌に夢中の間にマオとバルトの魔法攻撃で仕留めるという至ってシンプルな作戦だった。但し、この作戦は赤毛熊が罠に嵌まらなければ成り立たない。


保険として魔物の餌以外にも赤毛熊を誘き寄せる囮役をバルルが担う。彼女の魔拳は赤毛熊には通じないが、それでも囮役として引き寄せる程度の事はできる。彼女が赤毛熊を引き寄せて罠がある場所へ誘い込む。


もしも赤毛熊が罠に嵌まった場合、逃げられないように拘束する方法も用意しなければならなかった。だが、時間的に落とし穴などを掘る時間もないため、バルルは事前にアルルの部屋を探し回って見つけた代物を利用する事にした。



「流石は爺さんだね、こんな物まで用意しているとは……」

「師匠、これが本当に役立つんですか?」

「ああ、こいつを浴びせればあいつもひとたまりもないよ」



バルルは自分の腰に括り付けた小袋に視線を向け、倉庫に保管されていた代物だった。本来は魔物を撃退する様にアルルが用意した代物だと思われるが、これを浴びせれば赤毛熊であろうと間違いなく隙を生む。



「こいつを使うのは最後の手段だ。あんた達がしくじればあたしは死ぬ、もしもあたしが殺されたらつべこべ言わずに逃げるんだよ」

「こ、怖い事を言うなよ」

「大丈夫、絶対に成功する」

「師匠……僕、必ず魔法を当てます」

「……頼んだよ」



今回ばかりはバルルもマオ達を頼りにするしかなく、赤毛熊を倒すにはどうしても3人の力が必要だった。そうでもなければ危険な真似などさせないのだが、他に方法がなければ3人に運命を託すしかない。



「奴が来るまでに装備を整えておきな。マオ、あんたの杖だよ」

「あ、これは……」

「昨日のうちに爺さんが仕上げた物さ」



マオはアルルに預けていた三又の杖を返して貰い、昨日に託した時はなかったはずの紋様が柄の部分に刻まれていた。この紋様は魔石の力を杖に伝えやすくする「魔術痕」の一種らしく、有難くマオは受け取った。

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