第181話 逃げ場はない

「――本当に助かったよ、爺さんが火属性の魔石の粉末を持っていたお陰で何とかなった」

「でも、どうしてアルルさんは魔石を……」

「その爺さんは魔術師じゃないんだろう?なんで魔石なんか……」

「嵐や土砂崩れが起きた時、道が倒木や岩で塞がった時のために常備してるんだとよ。道を塞ぐ障害物を爆発させて吹き飛ばしていたらしいよ」



アルルが火属性の粉末が入った小袋を携帯していたのは道が障害物に塞がれた時、それを爆破させる事で道を開けさせるつもりだったという。そのお陰で今回は命拾いしたが、まだ脅威は去ったとは言えない。



「お爺さんの方はもう大丈夫、傷も完全に塞がってる」

「そうかい……はあっ、とんでもない事になったね」

「お、おい!!早く逃げよう!!馬車に乗れば皆で逃げられるだろ!?」



バルトは赤毛熊が山頂に辿り着く前に全員で逃げる事を提案するが、その言葉に対してバルルは意識を失ったアルルを見て首を振る。



「馬鹿を言うんじゃないよ、今の爺さんは絶対安静にしてなきゃならない。いくら傷の表面が塞がったと言っても内部の方はまだ完全には治り切っていないはず……年齢を取ると回復薬の効果も薄まるからね」

「そんな……」

「こんな状態の爺さんを無理やり動かせば命に関わる。一晩は休ませないと駄目だ」

「一晩って……その間にさっきの化物が着たらどうするんだよ!?」



アルルの容体を考えれば無暗に彼を動かす事はできず、今は下手に動かさずにゆっくり休ませなければならない。しかし、バルトの言う通りに赤毛熊が今にも山頂に辿り着く可能性もあった。


赤毛熊がここまで追いかけてきた場合、今度は警戒して同じ手は喰わないはずだった。そもそも魔石の粉末など滅多に手に入らず、アルルの家にも残っていない。つまりは同じ手で撃退する事はできない。



「落ち着きな、魔術師が取り乱すんじゃないよ……もしもあいつがここまで来た場合、まともに戦えるのはあんたらだけさ」

「えっ!?師匠は……」

「あたしの右腕はまだ完全には治り切っていない。さっきから痺れが抜けないんだよ、こんな事ならケチらずにもっと質の良い回復薬を買っておくべきだったね」

「そ、そんな……」



バルルが持ち込んだのは市販されている回復薬だが、魔力回復薬と同様に回復薬の類は高価な代物であるため、今回は高品質の回復薬を購入する事ができなかった。しかも最後の1本を使い切ったため、もしも赤毛熊と戦闘して怪我を負っても回復薬で治す事はできない。



「爺さんはこんな状態だから逃げる事はできない、そして今のあたしも腕の痺れが抜けるまではまともに戦えない。最悪の状況だね……」

「な、何か手はないんですか!?」

「……あんたらだけで馬車に乗って逃げな。今なら逃げ切れるかもしれない」

「そ、そんな!?」

「駄目、それだけは絶対に」

「うっ……他に手はないのかよ」



今の状態ではマオ達を守る事ができないバルルは彼等に馬車に乗って逃げるように促す。しかし、それに対して3人とも拒否を示し、傷を負ったバルルとアルルを置いて逃げる選択肢はない。


3人の答えを聞いてバルルはため息を吐き出し、正直に言って彼等が素直に言う事を聞かない事は予想していた。だが、ここで引くわけにはいかずに彼女は3人を説得する。



「今ならあんたらだけでも逃げ切れる可能性があるんだよ。別にあたし達の事を見捨てろと言っているわけじゃない、あんた達は山を下りて王都に戻って冒険者ギルドに助けを求めればいいだけさ。何だったら学園長に話せば何とかしてくれるさ」

「でも、赤毛熊がここまで来たら……」

「その辺は大丈夫だよ、どうにか上手く隠れてやり過ごして見せるさ」

「う、嘘を言うなよ……こんな家に隠れ場所なんてあるのかよ」

「それに魔獣の嗅覚ならいくら逃げても隠れてもすぐに見つかる……ましてや自分を傷つけた相手を逃すほど甘い相手じゃない」

「たくっ、こういう時だけ頭は回るね……」



獣人族のミイナであるが故に嗅覚が鋭い相手の思考は簡単に読み取り、もしも彼女が赤毛熊ならば絶対に自分を傷つけて逃げ出した獲物を逃すはずがない。バルルは何とか3人だけでも逃がそうとしたが、そもそも彼女の案には致命的な欠陥があった。



「あの、師匠……そもそも僕達、馬車を運転した事ないんですけど」

「……あ、言われてみれば確かに」

「そういえば俺、馬車に乗る時はいつも使用人に運転させてたわ(←貴族出身)」

「…………」



マオの言葉にバルルは黙り込み、移動中も自分が馬車を運転していた事を完全に忘れていた。普通に考えれば子供が馬車の運転方法を知っているわけがなく、そもそも彼女の脱出方法は無理があった。






※バルルさん……(焦)

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