第179話 追い詰められた獲物
「くそったれ!!まさかここまで来るとは……」
「落ち着きなよ、まだ奴の仕業だとは決まったわけじゃ……」
「そんなわけがあるか!!お前も見ただろう、あの傷跡を!!」
死亡した猪の傷口は明らかに普通ではなく、こんな真似をできるのは赤毛熊しか有り得ない。これまでに白狼山に魔獣が近付いた事は昨夜にマオが見かけたという白狼種の子供を除けば一度たりともない。
何十年もこの山に暮らし続けていただけにアルルは心の何処かで魔物が山に訪れる事はないと安心しきっていた。だからこそ山頂の自分の家に残してきた子供達も安全だと思っていたが、赤毛熊が既に山の中に入っているのならば油断はできない。
「急いで家に戻るぞ!!もしも奴が儂の家にまで来ていたら大変な事になる!!」
「大丈夫だって、あいつらはあたしの弟子だよ?ああ見えても頼りになる奴等で……」
「何を言っている!!お前だって見ただろう、あの化物を……!?」
バルルに振り返ったアルルが言葉を言い切る前に彼は何かを見つけたかのように目を見開き、その反応に疑問を抱いたバルルは不思議に思って振り返る。すると、そこには木々の中から姿を現わす赤毛熊の姿があった。
「グゥウウッ……!!」
「あ、赤毛熊!?どうしてここに!?」
「まさか……あたしらを尾けてきたのか!?」
赤毛熊の姿を見てバルルとアルルは咄嗟に武器を構えるが、二人が態勢を整える前に赤毛熊は近くの樹木に爪を振りかざす。
「ガアアッ!!」
「うわっ!?」
「馬鹿なっ!?」
赤毛熊の一撃で樹木は破壊されると、二人に目掛けて折れた樹木が倒れ込む。それに対して二人は左右に避けると、地面に倒れた樹木が二人を分断した。
倒れた樹木のせいで分断したバルルとアルルを見て赤毛熊は本能的にアルルを先に狙う。武器を携帯しているのはアルルだが、バルルに対して赤毛熊は直感で嫌な予感を感じ取って彼女よりも先にアルルを狙う。
「ガアアッ!!」
「うおおっ!?」
「爺さん、避けなっ!!」
アルルに目掛けて赤毛熊は全力で爪を振り下ろすと、その攻撃に対してアルルは後ろに下がって避けるのが精いっぱいだった。振り下ろされた爪は地面を抉り、もしもアルルがまともに受けていれば彼の命はない。
バルルは倒木を乗り越えて彼を助けようとするが、改めて赤毛熊の巨体を見て圧倒されてしまう。アルルの方も赤毛熊の迫力に冷や汗が止まらず、これほどの敵を相手にするのは彼の生涯でも初めての経験だった。
(くっ……怯えるな、こんな所で死んでたまるかい!!)
赤毛熊の迫力にバルルは焦りを抱きながらも戦意を奮い立たせ、ここで引けばアルルは殺されてしまう。自分も逃げた所で生き残れるか分からず、彼女は魔術痕を発動させた。
「行くぞ化物がっ!!」
「ガアッ!?」
「バルル!?」
魔術痕を発動させればバルルは魔法腕輪が無しでも魔法拳を発動させる事ができる。彼女が得意とするのは「爆拳」と名付けた火属性の魔法拳であり、ミイナの扱う「炎爪」とは使い方が異なる。
ミイナの場合は炎爪は両手の部分に火属性の魔力を獣の爪のように変化して纏うが、バルルの場合は攻撃の際に爆炎を放つ。一瞬だけ火属性の魔力を解放させる事で無駄な魔力消費を抑え、更に爆発させるように炎を放つ事で威力を上昇させる。
「爆拳!!」
「グアアッ!?」
「や、やった!!」
倒木を乗り越えてバルルは赤毛熊の顔面に目掛けて拳を放つ。彼女の拳が触れた途端に火属性の魔力が解き放たれ、赤毛熊の顔面が爆発でも起きたかのように爆炎に包み込まれる。
コボルト程度の相手ならば頭が吹き飛ぶ程の威力があるため、彼女の攻撃が当たった光景を見たアルルは勝利したかと思った。しかし、バルルは殴りつけた際に眉をしかめ、煙に包まれた赤毛熊を見てまだ終わっていない事を察した。
「爺さん、逃げろぉっ!!」
「何!?」
「ガアアッ!!」
顔面に煙を舞い上げながらも赤毛熊は腕を振り回し、この時にバルルは右腕に爪が掠っただけで血が噴き出す。彼女は掠っただけで派手に吹き飛び、地面に倒れ込んだ。
バルルが吹き飛ばされたのを見てアルルは唖然とするが、一方で赤毛熊の方は頭を振って顔面から舞い上がっていた煙を振り払うと、改めてアルルを見下ろす。バルルの爆拳をまともに受けたにも関わらず、赤毛熊の顔は少し焦げた程度の損傷しか受けていなかった。
「ば、化物が……!!」
「ガアアアアッ!!」
「じ、爺さん……早く、逃げなっ!!」
赤毛熊に吹き飛ばされたバルルは右腕を抑えながらも立ち上がろうとするが、もうまともに戦える状態ではない。攻撃が掠っただけでバルルは戦闘不能に陥り、残されたアルルは赤毛熊に追い詰められた。
「はあっ、はあっ……く、来るな!!」
「グゥウウッ……!!」
アルルは後退すると赤毛熊もゆっくりと近づき、彼が持っている武器を見て無暗に仕掛けない。野生の獣でありながらアルルが持つ武器の反撃を警戒し、相当な知能の高さを感じさせた。
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