第178話 帰らぬ二人

――時は流れ、時刻は昼を迎えてもアルルとバルルは戻っては来なかった。残されたマオ達は二人が戻るまでギンと遊ぶ事にした。彼と一緒に居られるのもこの山にいる間だけのため、思い出作りのために遊んでやる。



「ほら、取ってこい!!」

「ウォンッ!!」



マオは小杖を取り出して円盤型の氷塊を作り出し、それをギンに見せつけてから放つ。ギンはマオの元を離れて飛んでいく円盤を追いかけ、十数メートルほど離れた場所で円盤を口に咥える。そしてすぐにマオの元に戻って円盤を差し出す。



「クゥ〜ンッ」

「よしよし、大分上手くなったな」

「こうしてみると狼というよりも犬だな……」

「マオ、次は私の番」



代わり代わりでマオ達はギンに氷で造り出した円盤を放ち、それを回収させてくる遊びを行う。ギンは嬉しそうに何度も円盤に嚙り付くが、流石にお腹が空いて来たのかマオに擦り寄ってきた。



「ウォンッ、ウォンッ!!」

「わ、どうしたの急に……」

「腹が減ってんじゃないのか?」

「馬車に昨日狩った魔物の肉が残ってたはず」

「そうか、なら待っててね」



昨夜と同じようにマオは馬車の中に保管していた魔物の素材の中からギンが食べられそうな物を探そうとした時、不意にギンは何かに気付いたように唸り声を上げる。



「グルルルッ……!!」

「わっ!?ど、どうしたの?そんなにお腹減ってるの?」

「……違う、何かに気付いたみたい」

「何かって……なんだよ?」



急に唸り声を上げたギンにマオとバルトは驚いたが、すぐにミイナだけは異変を察知したように彼女は魔法腕輪を取り出す。獣人族であるミイナは人間よりも聴覚や嗅覚が優れているため、彼女はいち早く戦闘態勢に入った。


ミイナの様子を見てマオとバルトも慌てて小杖を取り出すと、二人が視線を向ける方向に顔を向けた。何かやってくるのかと待ち受けると、予想外の光景が映し出される。



「はあっ、はあっ……くそ、しっかりしな爺さん!!」

「うぐぐっ……」



マオ達の視界に現れたのは血塗れのアルルを背負って運ぶバルルの姿であり、彼女も右腕から血を流していた。傷を負って戻ってきた二人を見てマオ達は慌てて駆けつけた。



「し、師匠!?それに……アルルさん!?」

「ど、どうしたんだその怪我!?」

「まさか……!?」

「説明は後だ!!それより爺さんを早く部屋の中に!!」



バルルは相当に焦っているのかマオ達の傍に控えるギンにも目をくれず、彼女は家の中にアルルを運び込む。そして長机の上に彼を横たわらせると、傷の具合を確認してマオに指示を出す。



「マオ!!あたしの部屋から回復薬ポーションを取ってきな!!」

「回復薬って……あの緑色の?」

「そうだよ、瓶に入っている奴さ!!さっさとしな!!」

「は、はい!!」



急かされたマオはバルルの部屋に駆け込むと、彼女の荷物の中から緑色の液体が入った瓶を取り出す。こちらは回復薬と呼ばれる代物でマオがよく飲んでいる「魔力回復薬」は魔力の回復を促す効果を持つが、こちらの回復薬の場合は自然治癒力を高める効果を持つ。


回復薬は飲めば疲労回復効果があり、傷口に直接注げば自然治癒力を高めて怪我を治す事ができる。但し、怪我をした状態で飲ませても意味はなく、あくまでも怪我の場合は傷口に注がなければ効果を発揮しない。



「持ってきました!!」

「ああ、助かったよ。爺さん、少し痛むけど我慢しな……」

「ぐううっ!?」



アルルに猿ぐつわを噛ませると、バルルは彼の背中の傷口に回復薬を注ぎ込む。アルルは苦し気な表情を浮かべるが、徐々に痛みが和らいできたのか表情が緩み、最終的に意識を失う。


回復薬を注いだ後は怪我の跡すら残っておらず、完璧に元の状態に戻っていた。それを見たマオ達は安堵するが、すぐにバルルは負傷した自分の右腕にも回復薬を注ぐ。



「うぐぅっ……ふうっ、ふうっ」

「しっ、師匠……大丈夫ですか?」

「平気だよ、これぐらい……いつつっ」



右腕の負傷を回復薬で治したバルルだったが、痛みが引くまで多少の時間はかかるらしく、椅子に座り込んで痛みが引くのを待つ。その間にマオ達は何が起きたのかを問う。



「師匠、何があったんですか!?」

「まさか、また奴に……」

「山を下りたの?」

「……たくっ、油断してたよ。冒険者を辞めて勘が鈍っちまったかね」



マオ達の質問にバルルは苦笑いを浮かべ、彼女は何が起きたのかを話し始めた――






――アルルと共に彼女は山の様子を確認するために出向いたが、ある場所で二人は惨殺された動物の死体を発見した。殺されていたのは猪であり、マオが今朝に仕留めた猪よりも大物が死んでいたという。


その猪は一撃で殺されたらしく、胴体の部分には熊の爪痕が残っていた。しかも発見された死体は白狼山の中腹部であったため、この事から二人は赤毛熊が山を登って猪を殺したと判断した。


本来であれば魔物が近付けないはずの白狼山に赤毛熊が現れ、しかも麓から中腹部まで登ってきた赤毛熊に戦慄した。赤毛熊が山に登れるという事はもう白狼山は魔物が立ち寄れない安全地帯ではなくなり、すぐに二人は家に引き返そうとした。

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