第170話 日課

――自分の貸し与えられた部屋に入るとマオは寝る前に杖を取り出し、いつもの日課を行う。彼は眠る前に魔法の修行を行い、今回はどれだけ多くの魔法を発現できるのかを試す。



「ふうっ……流石にこれ以上はきついか」



部屋の中に無数の氷塊が漂い、額に汗を流しながらもマオは杖を握りしめていた。三又の杖はアルルに渡したので現在の彼は予備の小杖しか持っていない。アルルの話だと明日には返すそうだが、それまでは小杖でしか魔法を扱えない。


作り出した氷塊を操作しながらもマオは窓に視線を向け、降りしきる雨を観察する。バルルは雨が嫌いと言ったがマオはむしろ雨は好きだった。理由としてはマオの村では雨が降ると子供達だけは農作業を手伝わずに家に過ごす事が許される。雨の日はマオは家に籠ってずっと絵本を読めるので嫌いじゃなかった。



(絵本の主人公のようにまだ凄い魔法は使えるようになったとは言えないけど、それでも少しは成長できたかな?)



自分の掌を見つめてマオは自分が魔術師としてどれだけ成長したのか気にかかるが、この時に彼は部屋の中に浮かんでいる氷塊に視線を向けた。



「さてと……いつものあれをしないとな」



マオは作り出した氷塊を一か所に集めると、合体させて大きな氷塊を作り出す。その氷の上にマオは乗り込み、座禅を行って精神鍛錬を行う。



「ふうっ……」



どうして自分の作り出した氷塊に乗り込んで精神鍛錬を行うのかと言うと、精神が乱れるとマオが乗り込んでいる氷塊は瓦解する。そうなった場合はマオは床に落ちるため、それを阻止するために常に気を張らなければならない。


自分自身を追い込む事でマオは精神鍛錬に集中し、魔力を回復させる作業に集中する。この数か月の訓練のお陰で大分マオも体力が身に付き、寝る前の運動には最適だった。



(魔力を作り出すコツも掴めてきたな……これなら戦闘中でも魔力を回復する事ができるかもしれない)



バルルによれば熟練の魔術師は戦闘の合間に魔力を回復させる事もできるらしく、彼女はそんな真似はできないらしいがマオならばいずれ戦闘の最中でも魔力を回復して戦う事ができるかもしれない。


魔力量が少ないマオの場合は他の魔術師と違って魔力を回復させる時間が短くて済み、更に魔力を回復させれば今まで以上に魔法をできる可能性もあった。



「ふうっ、もういいかな。これ以上やるとお腹が空きそうだし……」



魔力をある程度まで回復させたマオは氷塊から降りようとすると、この時に彼は窓の外に何か影のような物が通り過ぎた気がした。少し気になったマオは窓の外に近付くと、思いもよらぬ光景を目にした。



(えっ……あれは!?)



窓の外を覗き込むとマオは思いもよらぬ光景を目にした。大粒の雨が降りしきる中、1匹の狼が歩いていた。その狼は全身が白い毛で覆われ、それを見たマオは驚きを隠せない。


この世界において白い毛皮の狼は「白狼種」以外にはあり得ず、まさか伝説の魔獣と称される魔獣が現れたのかと驚く。しかも現れたのは小さな狼でまだ子供だと思われた。



(白狼種!?でも、どうしてここに……)



白狼山はかつては白狼種の住処だと言われていたが、100年ほど前から姿を見せなくなった。ここに暮らすアルルも白狼種の事に関しては何も話さず、だからこそマオは白狼種が既に絶滅したと思い込んでいた。


しかし、現実に彼の視界には白狼種の子供らしき狼が現れた。しかもかなり衰弱しているらしく、弱った様子で歩いていた。それを見たマオはすぐに他の者を呼ぶべきか悩む。



(た、助けた方がいいのかな?でも、白狼種も魔獣だし……)



基本的には野生の魔獣は人間を敵対ししているため、下手に助けようとすればマオの身が危ない。しかし、このまま見過ごすと白狼種の子供が死ぬかもしれないと思ったマオは気付いたら窓から身を乗り出していた。



「だ、大丈夫?」

「クゥンッ……」



雨で濡れる白狼種の元にマオは恐る恐る近付き、念のために杖は手放さない。そんな彼に気付いた白狼種の子供は振り返ると、人間を見ても特に敵意は剥き出しにせず、むしろ彼の元に近付いて舌を出す。



「ハッ、ハッ……」

「えっと……もしかしてお腹が空いてるの?」

「ウォンッ」



言葉が通じるかどうかは分からないがマオが話しかけると白狼種の子供は鳴き声を上げ、それが肯定の返事のように聞こえた。マオは困った様子で白狼種の子供が食べられる物があったのか考え、不意に旅の道中で手に入れた魔物の素材を思い出す。



(そういえばまだ馬車の中に……)



バルルは宿代代わりに魔物の素材をアルルに引き渡そうとしたが、彼はそれを断った。この時にバルルが魔物の素材を馬車の中に戻していた事を思い出したマオは白狼種の子供を連れて馬車へ向かう。

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