第169話 バルルの苦労話

――アルルの家に招かれたマオ達は数日の間は彼の世話になる事になり、今日はアルルの狩った猪で鍋を作る。この時に意外な事にバルルが料理を手伝い、彼女は手慣れた手つきで調理を行う。



「ほら、できあがったよ!!」

「おおっ!!美味そうじゃないか!!」

「本当に美味しそう……バルルが料理できたのが意外」

「失礼な奴だね、こう見えてもあたしは宿屋の女将だよ!!料理ぐらいできるに決まってるだろ!!」

「宿屋?女将?あんた、先生じゃなかったのか?」

「あ、そういえばそうだった……すっかり忘れていた」



最近は教師として働きっぱなしだったので忘れがちだが、バルルは元々は王都の宿屋の主人を勤めている。現在は宿屋は従業員に任せているが、元々は宿屋の主人として時には料理を行っていたという。


彼女の料理は絶品で皆が夢中に鍋を喰らい、王都では滅多に食べれない猪の肉を味わう。マオは肉に嚙り付きながらも外に視線を向け、雨が降り注いでいる事を知る。



「あ、雨が降ってきたみたいですね」

「ああ、この時期はよく降るんだ。多分、朝まで降り続けるだろうな」

「雨か……あんまり私は好きじゃないね」

「どうして?」

「冒険者時代にちょっとね……雨が降ると野宿の時が一番面倒なんだよ」



バルルは雨が嫌いらしく、彼女がまだ冒険者時代の頃はよく旅をしていたが、雨が降る度に色々と面倒な作業をさせられて嫌いになったという。野宿の時は身体が濡れないように雨宿りできる場所を探したり、どうしても見つからないときは道具を利用して自分で雨が濡れないように工夫した。


雨が降っている中での行動は非常に危険であり、服に水が染み込んで重くなれば体力も消耗し、また身体の熱が下がって病気になる可能性もある。しかも大雨の場合は川が氾濫する危険性もあるため、夜営の際は川から離れた場所で眠らなければならない。



「冒険者の時は雨のせいで色々と大変だったんだよ。一回だけ雨のせいで帰還が遅れて指定された依頼の報告期間に間に合わずに失敗扱いされた事もあったね……」

「く、苦労したんですね」

「冒険者はそんな大変なのか……ちょっと興味があったんだけどな」

「冒険者に憧れるのは止めときな。あたしの場合は生きるために仕方なくなったけど、冒険者というのはあんた達が思う程華やかな職業じゃないんだよ」

「こらこら、あんまり子供の夢を壊すようなことを言うなよ」

「現実の厳しさを教えるのも大人の役目さ」



バルルは自分が冒険者時代にどれだけ苦労していたのかを語り、その話を聞いていたアルルは苦笑いを浮かべる。世間一般の冒険者という職業は危険な魔物から人々を救う頼りになる存在として認知されているが、実際の所は魔物退治の仕事だけを行うわけではない。


冒険者の仕事は魔物退治の他に雑用を頼まれる事も多く、この点が傭兵とは大きく違う。傭兵の場合は雇われれば戦場に赴き、時には護衛の仕事を行う。しかし、雑用などを任される事はないが、冒険者の場合は傭兵と違って様々な仕事を引き受ける。


魔物退治の依頼が多いのは事実だが、他にも商人や貴族の護衛、荷物の運搬や雑用に至るまで様々な仕事を行う。バルルも冒険者になったばかりの頃は色々な事をさせられたらしく、その中には料理に関する仕事もあったという。



「あたしが料理をするようになったのも人手が足りなくて料理を手伝ってほしいという仕事を引き受けていたからだね」

「えっ!?そんな仕事までさせられるのか?」

「まあ、最初の内は野菜の皮むき程度の仕事しか与えられなかったけどね。だんだんと慣れてくると火を使った調理もさせられるようになったし、いつの間にか料理もできるようになっていたわけさ」

「ほ、本当に色々とな仕事をするんですね」

「魔物を退治するより、一日中料理していた時の方が報酬が高かった時は泣けたね……」



バルルが料理を覚えた理由も冒険者として仕事をしてきた結果らしく、流石に今の時代ではわざわざ冒険者に料理を手伝わせるような仕事はなくなったが、主に「何でも屋」のように冒険者は様々な仕事を任せられる職業らしい。



(何だか絵本の中の冒険者とは違うんだな……)



マオが幼少期に読んでいた絵本の中には冒険者を題材にした絵本も数多かったが、絵本の主人公たちは華麗に魔物を倒すだけでバルルのように雑用仕事などは行わない。絵本を製作する時に実際の冒険者の仕事内容を記したらきっと売れないと判断したのだろう。


バルルの冒険者時代の苦労話を聞かされたマオ達は彼女に同情する一方、滅多に聞く事ができない冒険者の仕事内容を知れて楽しめた。夜も更けてきたのでマオ達はそれぞれの部屋で休む事になった――

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