第114話 バルルが冒険者になった理由

「どうして師匠は魔術痕を刻んだんですか?」

「まあ……一言で言えば金がなかったんだよ」

「お金?」



バルルが魔術痕を自らの肉体に刻み込んだ理由、それは彼女が冒険者活動を続ける上でどうしても必要だったからである。学園で問題を起こして退学した彼女が生きていくには冒険者になるしかなく、その冒険者活動を行うにはどうしても彼女は魔法の力を頼らなければならなかった。



「あたしには両親がいなくてね、だから学園に通う前は孤児院で暮らしていた。けど、魔法の素質がある事が分かった途端に孤児院の連中はあたしを魔法学園に送り込んだんだ」

「それなら孤児院に戻れば……」

「それは御免だね、あたしにとって孤児院の連中はどいつもこいつも気に入らない奴等ばっかりだった。それにあたしはもう15才だったんだ、当時は15才は大人扱いだからね、それに孤児院としても魔法学園で問題を起こした奴を引き取るのは嫌に決まってる」

「じゃあ、師匠が冒険者になったのは……」

「勿論、一人で生きいくためさ。幸いにも魔法が扱えるあたしは冒険者ギルドも快く歓迎してくれたよ」



当時は15才とはいえ、バルルは魔法を扱えた。それが功を奏して冒険者ギルドに加入し、生きていくのに必要な金を稼ぐ事ができたという。冒険者ギルド側としても魔法が扱える人材は滅多にいないため、彼女の事を快く迎え入れてくれたらしい。


魔法の力は魔物に対抗するのに一番効果的なになるため、魔術師というだけでバルルは冒険者の間でも頼られるようになった。本人も誰の力も借りずに自分の力で生きていく事に充実感を覚え、今までは孤児院や学連の連中に世話になっていたが、もう自分は一人で生きていく事ができると実感すると嬉しくて仕方がなかったという。



「冒険者になりたての頃は本当に楽しかったね。他の冒険者もあたしの事をよく勧誘してきたし、同世代の冒険者も結構多かった」

「それなのに辞めちゃったんですか?」

「まあ、その辺の話はおいおいね……」



冒険者という職業にバルルは誇りを抱いていたが、それにも関わらずに現在の彼女は冒険者を辞めていた。前に冒険者ギルドに立ち寄った時にマオはバルルと同年代と思われる冒険者を見かけたため、年齢的な問題で彼女が辞めたとは考えにくい。


実力的にもバルルは魔法学園の教師を任せられる程であるため、今でも冒険者として生きていけるだけの力も持っているはずである。だが、マオが王都に訪れた時から既に彼女は冒険者を辞め、宿屋の主人を勤めていた事に不思議に思う。



(バルルさんも何か事情があるのかな。そう言えば前に仲間を失ったとか言っていたような……)



バルルが冒険者を辞めるに至った理由はマオも気になったが、本人が話さないのであれば無理に聞くのは失礼かと思い、それ以上に追及はしなかった。その代わりに彼女が魔術痕を刻んだ理由を問う。



「あの……師匠はどうして魔術痕を刻んだんですか?さっきはお金がなかったからとか言ってましたけど」

「ああ、それは……魔法を使う度に杖や魔法腕輪を使うのは面倒だろう?それに杖や魔法腕輪を奪われたら魔法が使えなくなる。だから何時でも魔法が使えるように魔術痕を刻んで貰ったのさ」

「えっ……」

「あんた達も気をつけた方が良いよ。魔術師の最大の弱点は魔法が使えなくなる事だからね。もしもがあんた達の持っている杖や魔法腕輪を狙ってきた時、あんた達はどうするんだい?」



マオとミイナはバルルの言葉を聞いてはっとした表情を浮かべ、言われてみれば確かに普通の魔術師は杖や魔法腕輪がなければ魔法を発現できない。もしも敵に杖や魔法腕輪を奪われる、あるいは破壊された場合はマオもミイナも魔法の力を利用する事ができない。



「あたしがまだ冒険者になりたての頃、盗賊の討伐の依頼を引き受けた事があったんだよ。だけどね、盗賊の連中はあたしが魔術師だと知ると隙を突いて魔法腕輪を奪おうとしてきたんだ。その時は他の冒険者が一緒に居たから助かったけど、それ以来にあたしは魔法腕輪を奪われないように対策をするようになったのさ」

「そ、そうか……人間が相手ならそういう事態もあり得るんですよね」

「別に人間に限った話じゃないさ。あんた達はゴブリンを知っているかい?奴等のように力は弱くても知能が高い魔物は人間の武器や防具を奪おうとしてくる。場合によっては人間から奪った武器や防具を身に着ける事もあるから気をつけな」

「……それは怖い」



マオもミイナも今まで戦闘の最中で自分達の杖や魔法腕輪を奪われる可能性がある事を失念しており、今後は魔法を使う時は杖や魔法腕輪を手放さないように気をつける事尾を心掛けなければならない。



「まあ、あたしのように魔術痕を刻めばそんな心配もいらなくなるけどね」

「ちなみに師匠は魔術痕をどれくらいで完全に使いこなせるようになったんですか?」

「そうだね……1年ぐらいはかかったかね」

「1年!?そんなにかかるんですか!?」

「これでも早い方だよ。普通の魔術師なら何年もかけて使いこなせるようになる技術だからね」



魔術痕を刻めば杖や魔法腕輪無しでも魔法を扱えるようになるが、制御するのに相当な時間が掛かるらしく、当時は魔法学園の生徒の中でも優秀な生徒だったバルルでさえも1年は掛かったという。

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