第113話 魔術痕
「爆拳っ!!」
「ガアッ――!?」
「うわっ!?」
「マオ、伏せて!!」
バルルが迫りくるコボルトの顔面に拳を振りかざした瞬間、彼女の右腕に炎を想像させる赤色の紋様が浮かび上がり、コボルトの顔面に拳が触れた直後に爆発が生じた。
咄嗟にミイナはマオに飛びついて彼を地面に伏せさせると、爆発の衝撃が地面に伝わる。やがて煙が消える頃には頭部が完全に吹き飛んだコボルトの死骸と、その前に立つバルルの姿があった。彼女は右手首を抑え、眉をしかめながら死骸を見下ろす。
「いちちっ……やっぱり、身体が鈍っているね。少し手を痛めちまったよ」
「ふうっ……危なかった」
「むぐぐっ……」
マオはミイナに押し倒される形で地面に倒れ、この時に彼女の年齢の割にはふくよかな胸元を顔面に押し付けられる。こんな状況で無ければ役得かもしれないが、今のマオの注目はミイナの胸よりもバルルの拳だった。
「ぷはっ……し、師匠!!今のは何なんですか!?」
「やんっ」
「ん?あんたら、人が戦っているのに何をいちゃついてるんだい……まあいい、今のあたしの魔法が気になるのかい?」
ミイナと絡まるマオを見てバルルは呆れた表情を浮かべながらも右腕を見せつけ、腕に浮かんだ炎を想像させる形をした紋様を見せつける。マオの記憶ではバルルは腕にタトゥーは刻んでいなかったはずだが、コボルトに攻撃した直後に紋様が浮かんだのをはっきりと見た。
唐突にバルルの右腕に浮かんだ紋様はしばらくの間は光続けていたが、やがて光が収まると紋様も腕に溶け込むように薄れて消えてしまう。それを確認したマオは驚いていると、隣のミイナは何かを思い出したように声を上げる。
「……分かった、それって魔術痕?」
「えっ……魔術痕?」
「その通りさ。よく知ってたね、こいつのお陰であたしは杖も腕輪も無しに魔法が使えるんだよ」
バルルは二人の元に戻ると自分の右腕を見せつけ、彼女が瞼を閉じて集中力を高めると紋様が再び浮き上がる。それを見たマオは彼女の腕から熱気のような物を感じ取った。
「こ、これが魔術痕……なんですか?」
「あんたは見るのは初めての様だね。なら魔術痕の説明からしようか」
マオの様子を見て彼が魔術痕を知ったのは初めてだと悟ったバルルは説明から始める。
――魔術痕とは魔力を持つ人間の身体に特殊な紋様を刻み、杖や魔法腕輪が無しでも体内の魔力を具現化させる能力を身に着ける事ができる魔術である。
紋様は属性ごとによって形状が異なり、例えばバルルの場合は火属性の適性が高い事から「炎」の紋様が刻まれていた。ちなみに風属性の場合は「渦巻」水属性の場合は「雫」といった風に属性ごとによって形状が異なる。但し、紋様の大きさに関しては刻まれた人間の魔力量によって変化するらしく、魔力量が大きい人間程に紋様も大きさを増す。
魔術痕の最大の利点は杖や腕輪の媒介無しで魔法の力を生み出せる点であり、何時でも本人の意志で魔法の力を引き出す事ができる。その反面に制御が難しく、慣れない内は魔法が上手く扱えず、必要以上に魔力を消耗する事も多い。
また、魔術痕を刻む場合は相当な苦痛を味わう事になり、しかも失敗すれば体内の魔力を扱う機能が乱されて二度と魔法が扱えなくなる危険性もある。だから魔拳士の間でも魔術痕を刻む人間は今の時代には殆どおらず、今では魔術痕の存在自体を知らない人間も多い。
「あたしが魔術痕を刻んだのは冒険者になった時だね。知り合いの冒険者に魔術痕を刻む技術を持つ奴がいてね、そいつに頼んで魔術痕を手に入れたのさ」
「そ、そうだったんですか……てっきり、師匠は魔術師だと思ってました。杖で魔法を使ってたし……」
「あたしは根っからの魔拳士だよ。まあ、杖も使えない事はないけど、せいぜいあたしができるのは火属性の
「私は前から気付いていた。そもそも普通の人間が私を追い詰められるはずがない」
バルルが魔拳士である事はミイナは前から気付いてたらしく、彼女は人間でありながら獣人族のミイナを追い詰めるだけの体力と身体能力を誇り、それでミイナはバルルが魔拳士だと見抜いていた。
マオは前にバルルが杖で魔法を使っていたので魔術師だと思っていたが、言われて見ればバルルは下級魔法以外の魔法を使っている場面は見た事がなかった。バルル本人は得に隠していたわけではなく、今まで自分が魔拳士である事を証明する機会がなかっただけだという。
「あたしが杖も腕輪も持っていないのはこの魔術痕があるからさ。まあ、こいつを身に着けたばかりの頃は苦労したけどね、宿に泊まっていた時に寝ぼけて魔力を暴発させた時は本当に大変だったね……」
「うわぁっ……」
「……宿の人が可哀想」
眠りこけたバルルが右腕に炎を纏う姿を想像しただけでマオとミイナは何とも言えない表情を浮かべ、魔術痕の制御がどれだけ大変な事なのか思い知らされる。
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