第5話 恐怖

(も、戻らないと……でも、どうやって?)



暗い森の中、マオは月明かりだけを頼りに移動するしかなく、無我夢中に走り続けたせいで体力も限界だった。それでも彼は止まる事はせず、元の場所に戻ろうと歩み続ける。


まだオークが近くにいる可能性もあるが、こんな暗い森の中に取り残されれば子供のマオが生き残れるはずがない。恐怖を抱きながらもマオにできる事はただ歩く事だけだった。



(だ、大丈夫……もうあの怪物はいない、助かったんだ)



マオは自分自身に脅威は去ったのだ言い聞かせ、平静を保とうとした。実際の所は魔物が住む森の中で安全な場所などないのは分かっているが、それでもマオは現実から目を背けて自分は安全だと思い込む。



(こ、ここを曲がったんだっけ?いや、こっちだったかな……)



必死に記憶をたどりながらマオは馬車がある場所へ戻ろうとしたが、この時に彼の進行方向の先に木の枝か何かを踏んだような音が響き、反射的にマオは近くの樹木に姿を隠す。



(そ、そんな!?まさか……!!)



嫌な予感を抱きながらもマオは樹木から少しだけ顔を出すと、そこには最悪な光景が映し出されていた。マオの視界には口元が血塗れのオークの姿があり、その手には先ほど殺された傭兵の死体が握りしめられていた。


どうやらオークはマオを追いかけるのを辞め、自分が殺した人間を食べていたらしい。傭兵の死体に喰らいつき、その際に口元が血塗れになりながらも食べるのを辞めない。



「プギィイイッ……!!」

「っ……!?」



必死に悲鳴をあげそうになるのを堪えながらマオは樹木に身を隠し、早々にこの場を立ち去ろうとした。しかし、この時に彼は股間に違和感を覚え、無意識に彼は失禁してしまう。



(こ、怖い……身体が動かない……!?)



恐怖のあまりに失禁してしまったマオはその場から動けず、この時にオークが鼻を鳴らす。異臭を感じ取ったオークは傭兵の死体を地面に捨て、鼻を鳴らしながらマオの元へ近づく。



「プギィッ!?」

「っ……!!」



足音が近付いている事に気付いたマオは顔色を真っ青に染め、このままでは見つかってしまう。だが、逃げようにも身体が言う事を聞かず、そもそも体力も残っていない。


先ほどは奇跡的にオークを撒く事に成功したが、体力を使い切った彼では逃げ延びる事は不可能だった。もう駄目かと諦めかけた時、マオは思い出した。



(そ、そうだ!!僕は使なんだ!!)



自分が「魔術師」である事を思い出したマオは途端に勇気が芽生え、彼は絵本に出てくる使の事を思い出す。絵本に出てくる魔法使いは実際の魔術師を参考に描かれた登場人物キャラクターであり、彼等が扱う魔法は実在する。


絵本に出てきた魔法使いのように自分も魔法を使えれば魔物なんか怖くない、そう思い込んだマオは勇気を振り絞って樹木から姿を現すと両手を構えた。



「え、エクスプロージョン!!」

「プギャッ……!?」



マオは両手を構えて絵本に描かれていた魔法使いが扱う魔法を使おうとした。オークは唐突に現れて奇怪な言葉を発したマオに驚いたが、特に



「あ、あれ?エクスプロージョン!!エクスプロージョン!?」

「……プギィッ?」



両手を構えて絵本に描かれていた魔法使いが使っていたを唱えても何も起きず、慌ててマオは他に覚えている限りの呪文を言い放つ。



「サンダーボルト!!サイクロン!!マジックアロー!!え、えっと……ブリザード!!」

「…………」



マオが覚えている限りの魔法の呪文を唱えても何も起きず、オークの方は警戒を解く。そしてオークはわめき散らす人間の子供に対して腕を振り抜く。



「プギィッ!!」

「うわぁっ!?」



オークが振り払った腕を見てマオは咄嗟に後ろに仰け反って攻撃を躱す事はできたが、尻餅を着いてしまう。オークは愕然と自分を見上げるマオを見下ろし、牙を剥きだしにした。



(な、何で……どうして!!魔法が使えないんだ!!僕は魔法使いじゃなかったのか!?)



魔法を使えれば目の前の怪物を倒せるはずなのにとマオは考えるが、現実には彼は魔法を使えない。その理由は彼は魔術師であってもをまだに身に着けていないからである。


魔術師が魔法を扱うには呪文を唱えるだけでは不可能であり、魔法を構成する力の源を操らなければならない。しかし、まだ魔法学園にも通っておらず、魔法に関する専門知識もないマオでは到底魔法を扱う事はできない。



(嫌だ、死にたくない!!逃げなきゃ……逃げろ!!)



迫りくるオークに対してマオは股間を濡らしながらも必死に後退り、逃げようとするがオークはそんな彼を見逃さない。やがてマオの背中に先ほどまで隠れていた樹木がぶつかり、逃げ場を完全に失ってしまう。




※次回は9時に投稿します

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