第8話 プレゼント

 ヒロナから短剣をプレゼントされ、冒険者として身が引き締まる思いだ。そうして帰ってきたギルドでは、椅子に座るシュリィが暇そうにして待っていた。


 「あ、やっと帰ってきたわね」

 だるそうな声を発しながら大きな欠伸で2人を迎えるシュリィ。

 「じゃ、次は私ね。行くわよ。両道」

 「行くって、どこに?」


 座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、両道の左腕を掴んだ。シュリィはそのまま走り、両道と共にギルドから飛び出していった。

 「置いて行かれちゃいました・・・・・・」

 取り残されたヒロナはギルドで独り言を呟いた。




 腕を引っ張られながら走る両道。説明のない突然のことにかなり疲れることとなってしまった。

 「きゅ、急に何すんだよ」


 シュリィは立ち止まり、掴んでいた両道の腕を放した。屈みながら荒い息を吐く両道の頭の上から、シュリィの不満そうな声が聞こえる。


 「ちょっとー、早くしてよ。お店閉まっちゃうじゃない」

 「そんなに急いでどこ行くんだよ」

 「魔道具店よ! あんた達が買い物に行ってる間に見つけたの。この町に魔道具売ってる店はあそこしかないんだから早くして!」


 そのまま歩いて行ってしまったシュリィを追いかけると、その先に魔道具店が見えた。その店に入ると、 店内には見たことのない物ばかりが置かれている。どれも興味を惹かれる代物で、少しワクワクしながら店の物を見ていると、シュリィが両道に何か聞いてきた。


 「ねぇ、これとこれだったらどっちがいい?」

 シュリィの手にはそれぞれ分厚い本が握られていた。それが一体何なのかも分からないが、どちらも同じように見えてしまって、何も分からない。

 「その2つって、何が違うわけ?」

 両道のその言葉の後、シュリィは深い溜息をつく。しかしちゃんと説明してくれた。


 「こっちの本が雷系に分類される魔法が書かれてる魔導書。そしてこっちが氷系に分類される魔法が書かれてる魔導書。全然違うでしょ。分かった?」

 「どんな魔法が書いてあるの?」

 「読めば分かるわよ」


 試しに1冊、シュリィから渡された本を手に取って読んでみる。読んでみるのだが、ページをめくるごとに知らない言葉が次から次へと出てくる。理解することが困難で、試しに読んだだけで疲れてしまうものだった。


 「どう?」

 「どうって言われても、全く理解出来ないんだけど・・・・・・」

 「どう読んだらそうなるのよ。貸して」


 シュリィは両道から返された魔導書のページをパラパラとめくり、一通り目を通す。静かな店内には、シュリィが本をめくる音だけが響く。

 そして魔導書にあらかた目を通し終えた後、本を閉じ、魔導書をそっともとあった場所に戻した。


 「大したことなかったわ。あなた本当に読んだの?」

 「君が読めって言うから文字を追っただけだよ」

 「まぁ、いいわ。知ってることしか書いてなかったし。じゃ、戻りましょ」

 「何のためにここまで来たんだよ。完全に無駄足だったじゃないか」

 「私もせっかくだし何か買おうと思ったのよ。そんであんたを弟子にでもしようと考えてたんだけど、やめたわ」


 店の扉を開けながら、そういった会話をする。両道にとっては完全な無駄足に近かったが、それはシュリィの考えが途中で変わったせいだった。勝手に巻き込まれていい迷惑だと、彼女にそう言おうかとも思ったが、彼女に倣いやめておく。


 2人はギルドに帰ってきた。冒険者のために、ギルドは年中いつでもその扉を開いている。そのため行くあてのない者達の溜まり場となっているが、世話になっているので大っぴらに文句は言えない。


 「あ、両道さん! 帰ってきてたんですね!」

 ギルドではヒロナが2人の帰りを待っていた。両道とシュリィはヒロナの横に座る。

 「そういえばさっき俺を弟子にするとか言ってたけど」

 「あぁ、あれ。なに、なりたいの?」

 「何のことです?」


 話の概要をつかめないヒロナは、また1人だけ取り残されたような気分を味わっていた。弟子にする、というちょっと出しただけの話だったが、両道の興味を惹いたのか、聞かれたシュリィはほんの少しソワソワしている。


 「いや、スライムを退治した時のやつ見てさ、俺も使えたら面白そうだなって」

 「不純な動機ね。まぁ、興味を持つぶんには歓迎だけど。なら魔法について教えてあげなくもないわよ。弟子にするかは・・・・・・あなたの出来次第ね」

 「魔法を教えてくれるんですか!?」

 「ちょっとだけよ」


 魔法使いシュリィによる魔法講座。紙もペンも、黒板もないので口頭での説明だけになってしまうが、始まろうとしていた。なんとなく話の流れを掴んだヒロナも聞く側に加わる。


 「まず2人って魔法を使えたりする?」

 「いや全く」

 「私もです」

 「じゃあ魔法についてどれぐらい知ってる?」

 「今日初めて見た」

 「えっと、故郷で使ってる方はいましたが・・・・・・」


 シュリィは溜息を吐く。思ってたよりレベルが低い。基礎から教えねばならないらしい。


 「いい? まず、魔法っていうのはね、自分の心を世界に反映させるための手段なのよ。分かる?」

 「うーん」

 「分からなそうね」


 なんとも言えない表情の両道とヒロナを見て、シュリィは呆れた顔を見せた。彼女の口から発せられた言葉は不明瞭ではっきりとしていない。その説明で理解することは、魔法に全く触れたことのない2人には難しかった。


 「まぁ、そのぉ、簡単に言えばね、魔素と魔力っていう考え方があって、この2つを元にして魔法っていうのは生まれるの」

 「最初っからそう言ってくれればいいのに。その2つを覚えれば魔法は使えるようになるんでしょ? じゃあやろうよ」

 「あのねぇ、そんな簡単に出来るわけないでしょ? 出来てたらそこら中の人間が魔法使ってるわよ。魔法使いが存在する意味を考えなさいよ」


 強い口調でシュリィにたしなめられた両道。やる気はあっても考えなしでは上手くいくものもいかないだろう。


 「では簡単に出来ない理由があるんですか?」

 「そうよ。いくつかあるけど、大体の場合は魔力の操作が出来ていないことね。そもそも魔素と魔力についてなんだけど、魔素っていうのは世界に存在するあらゆる力のことよ。元来、この世のありとあらゆるものには魔素が宿っているの。空気や水、火といった自然的なものや現象、建物とか道具なんかの物そのもの。あとは、それこそ人間だったり色んな生き物なんかにも魔素はあるの」


 「へぇ」

 「それで魔力は、そういった魔素に働きかける力のこと。魔力を使って魔素に働きかけた分だけ魔法は完成されていくのよ」


 以上、シュリィの魔法講座であった。どこか教科書じみた説明の仕方で、そのくせ抽象的で曖昧な説明だ。彼女の言う通りであるならば、魔素は世界の根源的な仕組みそのものであるとも言える。魔法使いとは世界の根源に立ち向かう者達のことなのかもしれない。


 「どう? 分かった?」

 「うーん」

 「だいぶ、アバウトですね」

 「まぁね。ここら辺の話はあんまりにも根本的すぎて諸説あるっていうのが通説だし。深く考えても坩堝にはまるだけよ」

 「えっ、考えるよりも感じろってこと!?」


 世界の根本的な原理を解き明かしてしまったら、それはもはや神の領域である。そうはなれないからこそ魔法は探求され続けているのだ。

 3人はこの後、夜まで話し続けた。時折、話が脱線することがありながらも、両道とヒロナが魔法についてシュリィから教わる。シュリィは饒舌、そして得意げに。両道はぼんやりと。ヒロナは真剣に。それぞれがそれぞれらしくいた。

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