働きたくないので必死に逃げる~本当にお願いですから構わないでください~

焔ホムラ

プロローグ

プロロ~グ

え~、大変お待たせしました

しばらくは水と日を除いた週5で投稿していく予定(重要)です


――――――――――――――


 かつて世界の七割を手に入れた帝国。

 その中心であった帝都には今は何も残されていなかった。

 巨大な城を中心に栄えていた町も、緑豊かだった森も、貿易港として一日に百隻以上の船が出入りしていた港すらその面影を残す程度だ。

 町に人の気配はない。

 帝国が滅亡したあの日、帝都にいた全ての住民は帝国と共に消え去った。

 そこに人種も魔物も動物も関係などなかった。

 待っていたのは共通して、死、のみ。

 それ以来数十年、人間が足を踏み入れなかった帝都にとって少女は久しぶりの来客だった。


「レオ様……」


 手を握りしめ祈るように呟く少女。その視線の先にはここが帝都であったことを唯一証明している巨大な城がある。

 廃墟と化した街には少女の息遣いですら大きく感じられる。

 突如、何かがぶつかるような音が街に鳴り響いた。

 今日だけでこの音を聞くのは何度目だろうか、という少女の問いに答える者はもちろんいない。

 数度や十数度では済まないはずだ。

 衝撃音が鳴るたびに少女は握り合わせた手を強張らせる。

 少女は自分が祈ることしかできないことを知っていた。

 自分が行っても足手まといにしかならないことを知っていた。

 どれだけ主が強かろうと、相手が悪すぎる事も知っていた。

 もし、仮に主が勝ったとしても、主の力は失われてしまうことを知っていた。

 それでも少女は祈り続ける。

 ひそかに、誰に頼まれたわけでもなく、そして、かつて自分を陥れた者たちのために、戦っている主の勝利を、少女は祈り続けていた。




「レオさ~。そろそろ諦めたらどう? 所詮人間など一つの種族に過ぎんないんだよ?」 


 巨大な城の中心。

 かつて大広間として数多のパーティーや征服会議の場所として使われたそこは今や見る影もなくボロボロだ。

 カーテンは破け、あちこちに瓦礫が転がっている。二人の少年が今にも崩れそうな床の上で対峙しているがその姿は対照的だ。

 頭から、肩から、腕から、体のあちこちから大量の血が流れ続けそれでも攻撃を止めることがないのはレオと呼ばれた少年の方だった。

 魔法を防がれ、魔術を跳ね返され、瓦礫がどれだけ体に刺さったとしても攻撃を止めることはない。

 それを受け流すのは愉快そうに喋るもう一人の少年。すでに満身創痍のレオに対して少年の体には傷一つついていない。

 まるでレオの必死の攻撃ですら遊びの一環だとでもいうように、ゆっくりとレオが傷ついていく様を愉快そうに眺めている。

 魔術を囮に使い、折れた剣を握りしめ突撃してきたレオの攻撃を難なくかわし、無防備なった背中に右足を叩き込む。

 流れるような一連の動作。少しも力を入れたそぶりがないくせにレオの体はものすごいスピードで壁に激突する。

 すぐさま少年の追撃の魔術がレオの体を床にたたきつけた。

 うめき声をあげたレオの口から出た血が床を朱色に染め上げる。


「僕はね、レオ。人間っていうのは生きている価値すらないゴミみたいな種族だと思っているんだよ」


 あまりの衝撃にいまだ立ち上がる事のできないレオを見ながら少年は話し始める。

 ピクリとも動かないレオのことなどお構いなしだ。


「森林を破壊し、動物を殺し、時には土地の性質そのものすら変えてしまう。人間は毒だよ。僕にとっても、君にとっても、世界にとってもね」


 少年は足元に転がっていた石ころをコツンと蹴る。

 石ころはあちこちにぶつかりながらレオの顔の前で止まった。


「僕はね、君を気に入っているんだよ、レオ。破壊者、そして再生者としてね」


「さいせい、しゃ?」


 朦朧とする意識の中、ようやく口から出た言葉はあまりにもか細かった。

 ジンジンといっている背中をかばいながらレオは少年を見上げた。


「そ、すべての生き物を壊し、そして一から作り直す。この世界は実験台だよ。レオ。君の元居た世界も、この世界も、ほかにいくつも存在する世界も、一度壊してやり直す」


「そんなゲームみたいに……」


「ゲーム、みたいじゃない。ゲームなんだよ。これは。僕の退屈しのぎの世界を巻き込んだ最高で最狂のゲームなんだよ」


 少年の高らかな笑いが大広間に響き渡る。

 子供が新しいおもちゃを見つけたような、純粋で透き通った目。

 どれだけ理不尽に感じても、それは人間基準でしかない。

 少年にとってこれは新しく見つけた退屈しのぎのおもちゃなのだ。


「そして、レオ。君は選ばれた。僕の退屈しのぎの駒の一つとして。栄誉なことじゃないか。世界を破壊し、再び創造される。そんな場面に立ち会うことが許されたのは君一人なのだから」


「ふざ、けるな」


 叩きつけられた衝撃で手放した折れた剣に手を伸ばすし、レオはゆっくりと立ち上がった。

 すでに刃は七割近く欠けており、剣としても役割など果たすことはできないだろう。

 必死に意識をつなぎ止め、必死に悲鳴を上げる体に鞭をうつ。


「グ……」


 両手で剣を握り直し、自分の太ももへ一思いに突き刺す。

 痛みで朦朧としていた意識が一気に覚醒する。

 レオが下を向くことはない。

 剣を突き刺した傷口から大量の血が出ているが、そんなことはお構いなしである。


「君がそこまでする理由がわからないな」


 あちこちに傷ができ、口から血を吐き、太ももには剣が刺さっているレオの姿を見て、少年が心底不思議そうにつぶやいた。


「本当に、わからないんですか?」


「ああ、わからないね」


 少年は相変わらず淡々と答える。

 直後の事だった。

レオが発動した魔術が少年を直撃した。


「ウッ」


 今までどれだけレオの攻撃を受けてもゆがまなかった顔が苦痛にゆがんだことをレオは見逃さなかった。

 ここだ、とばかりにレオは少年に向かって魔術を連続で発射する。

 感覚という感覚がレオの体から抜け落ちていた。

 いくつもの魔術が少年に直撃し、少年が初めて膝をつく。


「君は、選ばれた人間なんだぞ」


 初めて、初めてだ。

 少しだけ少年が取り乱した。

 レオの攻撃をどれだけ受けようと飄々としていた少年が初めて取り乱した。


「何故だ。何故僕に歯向かう。僕は神だぞ。君はどうして神に歯向かう」


「なぜか? 簡単ですよ」


 立場が逆転した。

 今や少年は冷静さを失い、逆にレオは冷静さを取り戻した。


「確かに、人間は失敗作だし、ゴミみたいな種族かもしれない」


 レオの低い声が少年の耳に届く。


「すぐに裏切るし、騙すし、自分と少しでも違えば迫害する。手段なんて選ばずに、だ」


 レオは一度、言葉を切ると太ももに刺さっている剣の柄に手を掛ける。


「それでも、必死に今日を生きて、明日への希望を見つけて、過去を振り返らずに行こうとする人たちがいる。ゴミみたいな種族でも、僕を信じてくれた人たちがいる」


 一気に剣の柄を太ももから引き抜く。

 今度は顔をゆがめることはない。


「それなら、少しでも僕を信じてくれた人たちのために、僕は神様、あなたを倒す」


 レオの持った剣の刃が徐々に復活していく。

 いや、復活していくように少年には見えた。

 巨大な金色の刃があたりを照らす。


「行きます。神様」


 レオは少しだけ寂しそうにつぶやき地面を蹴る。

 その瞬間、金色の刃が少年を貫いた。


「ガハッ」


 一撃だった。

 少年の口から血があふれ出す。

 ゆっくりと少年が膝から崩れ落ちていった。

 ほとんど同時に金色の刃は消え去っていき、レオの手には刃が無くなった剣のみが残された。




「そうか、そうか」


 どれぐらい時間がたっただろうか。

 ゆっくりと少年が立ち上がった。

 口から流れ出る血を拭いさった少年の顔には先ほどまでの余裕そうな笑みは見当たらない。


「やってくれたね。レオ。僕としたことが油断しすぎたようだよ」


「嘘、だろ」


 油断があったわけではない、慢心していたわけではない。

 しかし、あれで決めるつもりだった。

 自分自身で出せる力全てをあの一撃に込めた。


「届かない、のか」


 もはや今のレオに抵抗する術は残されていない。

 魔力も体力も全て空になってしまっている。

 少年がゆっくりとレオに近づいてきて目の前で止まる。


「さて、そろそろ終わりにしようか」


 少年がパチンと指を鳴らす。

 その瞬間、レオの体を今まで経験したことが無いような激痛が襲う。

 声を出す事すら許されない。

 レオは苦痛に顔をゆがめた。

 抵抗しようと、なんとか体を動かそうとするたびにレオの体をさらなる激痛が襲う。


「見ていると良い。世界が破壊され、そして再構築される様を。そこで」


 やめろ、というレオの叫びは言葉になることなく消えていく。


「やめておいた方がいい」


 必死に体を動かそうとするレオを見ながら少年は落ち着いた声で続ける。


「君が抗おうとしているのは神の力だ。たとえ君であってもどうすることもできない」


 少年がどれだけ言ってもレオは体を動かそうとし続ける。

 数分、必死に抵抗しようとしていたレオだったが、これ以上は無駄だと悟ったのか抵抗することを止めた。


「そう、君はそうやって大人しく見ておくといい」


 満足そうにうなずいた少年は気が付かなかった。

 抵抗をやめ、少し俯いたレオが不敵な笑みを浮かべていたことに。


「さて、終わりにしよう」


 少年が再び指を鳴らそうとした時、突如、謎の魔法陣が城を包み込むように起動する。


「これは?」


 少年は状況が理解できていないようだった。

 そんな少年の耳に聞こえるはずのないレオの声が届いた。


「神殺しの魔法陣、聞いたことありませんか?」


 耳に入ってきた、というより脳内に直接話しかけてきた、という方が適切なのかもしれない。

 少年は慌ててつい先ほどまでレオが苦しんでいた場所に目をやる、しかし少年の目に映ったのは万全の状態で立っているレオの姿だった。


「まさか……」


 まるでなにかから逃げ出すように少年は慌てて大広間から出ていこうとする。

しかし、まるでそこに透明な壁があるかのように出口から歩を進めることができない。


「そのまさかです」


 再び少年の頭の中にレオの声が響き渡る。

 今度は大広間全体を二度、三度、と見渡すがやはりレオの姿はどこにもない。


「完成させた、とでもいうのか」


 考えたくなかった、考えもしなかった可能性。

 それを理解した少年の声がだんだん震えていく。


「君の、命すらも、危ないかもしれないというのに」


 驚愕と恐怖に支配されている、少年の姿を見て、レオは密かに口角を上げる。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁ」


 少年の叫び声が大広間に響き渡る。


「人間風情が僕の邪魔をするかぁ」


 少年の手から無数の魔術がレオに向かって発射される。

 数十発あった魔術は一直線にレオに向かって飛んでいき直撃、したはずだった。


「嘘、だろ。何故、何故君は立っている。直撃したはずだ。威力は抑えなかった、何故だ。何故君は立っている。答えろ、答えろ、レオ。答えろぉぉ」


 砂埃が晴れ、無傷のレオが現れた瞬間、少年の叫び声が一層大きくなる。

 レオが少年の問いに答えることはない。


「神様、僕はあなたに感謝しています」


「黙れ」


「あなたは苦しかった僕を救ってくれた」


「黙れ」


「この力を僕に与えてくれた」


「黙れ」


「でも、人間はあなたのおもちゃじゃない」


「黙れ」


「あなたの退屈しのぎのために作られたわけじゃない」


 少年の足元に魔法陣が出現し、鎖が体にまとわりつき始める。


「やめろ、レオ」


「だからこそ、神様、あなたにもらったこの力で、僕はあなたを……封印する」


「やめろぉ」


 少年が地面を蹴り、レオに殴りかかる。

 少年の拳がレオに当たる直前、鎖が少年の体を完全に包み込む。


「くそ、放せ。放せ」


 少年がいくら暴れようとまとわりついた鎖が緩むことはない。

 むしろさらに動きを制限するように締め付けを強くする。

 ゆっくりと空間に穴が開き、少年の体を包み込んでいく。


「神様、ありがとうございました」


 少年の体が空間の穴に飲み込まれたことを確認したあと、レオはドサリと地面に倒れこみ意識を失ったのだった。

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