第4話


「お客様。」

僕が話し終え、しばらくした後、ぽんさんは僕に問いかけた。

「実は、私もお客様と同じような経験をしたことがあります。」

「え?」

僕は、思わず身を乗り出した。「ぽんさんも・・・・?」

「私の場合は、会社の同僚でした。」

ぽんさんは、一度、ハンドルを握る手を強めた。「電車に乗車しようとした同僚が、跳ねられました。スマホを見ていたようで、来た電車に気づかずホームに飛び出してしまいました。」

僕は何も言えずに、ただぽんさんが話すことを聞くことしかできなかった。

「私は彼の後を追ってホームに行きましたが、その時にはもう、非常ベルが鳴り響いていました。もし、一言でも「次の電車にしよう」と言えば、何かが違っていたのかもしれません。」

「あと一歩、たった一言、で・・・・。」

「はい。もしかしたら、そこはお客様にも通じているかもしれません。」

ぽんさんは、僕の方を見ずに、ただ真っ暗な道を走り続けた。それは、もう過去を振り返らないという意志にも感じてしまう。

「衝撃的な出来事は、忘れにくいです。それでも、その物語を薄く延ばして、いい意味でその人のことを忘れないことは、大事だと思うんです。」

「ぽんさんも、その人を忘れないようにしていますか?」

「えぇ、もちろん。今でも彼は私の大切な同僚です。」

ぽんさんは、少し悲しげに、でも嬉しそうに微笑んで言った。その笑顔を見て、僕も彼女との思い出を薄く延ばして、ずっと忘れないようにしたいと思った。




「ここで大丈夫ですかね。」

「はい、ここから歩いてすぐなので。本当にありがとうございます。」

約1時間のドライブが終わり、車は僕のアパートのすぐ近くで停車した。ぽんさんは断ったが、僕はその距離分の金額を、お礼として払った。

「ぽんさんには、何か大切なことを教わった気がするので。」

「・・・・そうですか。それなら、有難く受け取らせて頂きます。」

最後、ぽんさんは僕のお金を受け取ると、「お客様。」と僕を呼び止めた。

「まだ生きていると、色んなことに出会うかもしれません。その時、今日のことを思い出してみてください。お客様にいいことが訪れますように願っています。」

僕は、夜の寒さで冷えた体が一気に温かくなるのを感じた。

「はい、またいつか会えた時は、沢山話しましょう。今度は、タクシーで。」

ぽんさんは静かに頷くと、「では、また。」と軽く挨拶をして、再度車のエンジンをかけた。そして、また暗い夜の道に溶けていった。

僕は、その車が見えなくなるまでじっとしていた。なぜか、終電を逃してよかったと思った。


「さてと。帰って寝て、また明日から仕事だ!」

僕は大きく伸びをすると、仕事カバンを肩にかけ直し、自分の帰路についた。

なぜか、足取りは軽かった。

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あと、一歩だけ。 キコリ @liberty_kikori

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