第4話 暗殺者、襲われる
王女に馬を用意してもらってソーウェン港へと急いだ。
王都からエルメス侯爵領は、それなりに近く馬を飛ばして一時間程度の距離にある。
ソーウェン港は湾の中にある港で、外海の波の影響が小さいため多くの船がこのソーウェン港に停泊する。
古くからソーウェン港はこうした地の利を生かして停泊する異国の船の水夫たちを対象とする商売が盛んであり、ここを治めるエルメス侯爵家の財は莫大だった。
「司教暗殺で来たとき以来だぜ」
「お前はバカか? 大きい声で言うもんじゃないぞそれは」
司教暗殺―――この国の国教であるレッザーラ教がの派閥争いが今より激しいころの話になる。
聖書には旧約と新約の二種がありその二つでは少し神の教えが異なる。
どちらを重んじるべきかの対立が起き、かつては宗教戦争にまで発展したほどだった。
南部は旧約聖書を重んじるレッザーラ黒教会、北部は新約聖書を重んじるレッザーラ白教会の力が強い傾向にある。
そして二年前――――――レッザーラ白教会は、当時のレッザーラ黒教会の司教の暗殺を【冥府からの使者】に依頼する。
レッザーラ黒教会大聖堂であるルーバンミュンスターがあったエルメス侯爵領に司教がおり、任務のため派遣されてきたルカは司教とミュンスターを守る十数名の聖騎士をすべて殺した。
「いちおう、冥福は祈ったぞ?」
「それが神に仕える人間を殺したやつの言う言葉か?」
「ルカは人殺しが好き」
イゼリナはため息とともにそんなことを言う。
「好きで殺ってるわけじゃねーぞ。食ってくためだ」
ルカの暗殺方法は残虐だからな……と思ったがそれを言うと何をされるかわからないから黙っておく。
しかし、手掛かりを求めてエルメス侯爵領に来たはいいが、具体的に何から始めて行けばいいかがわからない。
どうしたらいいものか……と考えていたときに右を歩いていたイゼリナが小さく悲鳴を上げた。
「どうした?」
「ちょっと歩いている人にぶつかられただけです。気にせず」
イゼリナにぶつかっていったのはフードをかぶって黒い服を纏った女だった。
「イゼリナ、避けたんだろ?」
「はい」
避けたのにも関わらずぶつかってきたのなら意図的である可能性がある。
極秘に進んでいた諜報部隊組織計画なので外部に漏れている可能性は少ない。
そもそもこのルーバンに来ていることが知られているはずがない。
俺は、ぶつかってきた女が歩いて行ったほうを振り返った。
しかし、夕暮れ時の人波にその姿は消えていた。
「死臭がしました。わずかですが」
「久しぶりに見かける同業他者ってか?」
俺は、感覚を研ぎ澄まし当たりの気配をうかがった。
しかし、敵意の感じられる気配はなかった。
「とりあえず、どっかに宿泊しよう。明日は朝早くから仕事だ」
「あぁ」
「はい」
一般人と一緒に宿泊する施設なら敵も見つかってはマズいので襲ってくる確率は低くなるだろう。
街の案内板を見つけたので宿泊施設を探してみると近くに何か所かあったので、そのうちの広めで、宿泊客の多そうなところを選んだ。
◇◆◇◆
飯を食べ終わり明日は早いということで寝ることにした。
「交代で誰か起きておくことにするか?」
【冥府からの使者】に所属していたころは、暗殺者組織内や暗殺組織同士での仕事の取り合いによる殺しがあったため不寝番を置いて寝るのが当たり前だった。
「オルクスの昔じゃねーぜ。みんなで寝ちまおう。襲ってくる奴なんていねーよ」
「そうですね」
ルカとイゼリナは、さっさと毛布の中に入っていった。
「そうだな」
こいつら油断しすぎだろう……と思ったので俺は、同意を示すふりをして可能な限り起きていることにした。
それからしばらく―――睡魔に負け始めたころだ。
すでに夜半を過ぎていて街の喧騒はすっかり消えている。
ふいに殺気と視線を感じた。
慌てて起きた俺は小声でルカとイゼリナを起こす。
「ルカ、イゼリナ!!」
「……まだ、朝じゃねーぞ?……」
「違う!! お客さんだ。っうわっ!?」
ガツンッという音とともに窓が砕かれた。
俺は、ベットのそばにあった自分の短剣を手に取る。
そのころにはルカもイゼリナも戦闘態勢は整っていた。
敵の数は五人か……。
半円状に展開し俺らを壁に追い詰めた暗殺者たちの一人が前に出てきた。
「こんなところで会えるとはな?」
どこか聞き覚えのある声に違和感を抱いていると女はかぶっていたフードをとった。
「レナード、ルカ、イゼリナ、久しぶり」
その女は、かつて行動を共にしたこともある【冥府からの使者】に所属する暗殺者だった。
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