19話 一喝前進
ダンジョンへ向けて駆ける最中、ノルくんが落ちこんだように下を向いた。
「ごめん。俺、冷静じゃなかったよな。いつも応援してくれてるみんなのことを怒鳴るなんて」
「ノーブル……」
ノルくんの気持ちは痛いほどにわかる。
一緒にいた時間が長いからこそ、グラさんも言葉選びに悩んでるみたい。
「なに言ってるの? あそこで怒らなきゃ、ノーブルじゃないよ」
私の口から、言葉が出てきたのは本当に自然なこと。
グラさんも、ノルくんでさえ目を丸くしてる。
うん、私だってびっくりしてるもん。
「ノーブル、あなたはサグズ・オブ・エデンに憧れて冒険者になった。そうだよね?」
「ああ、そうだよ」
「そんなに大事な人たちを目の前で蔑ろにされたんだよ? 今日だけでなく、これまでに何度もね」
ここ数日、ずっと。
誰かに操られてからというもの、バドさん含めサグズ・オブ・エデンのみんなが街の人から攻撃対象になる機会が増えた。
その出来事は、私でさえ気持ちのいいものじゃなかったもの。
それが、ノルくんだったらどうだろう。
絶対に、私以上に不快だったはず。
「今まで溜まり続けてたフラストレーションが、たまたま今日爆発した。ただそれだけの話だと思うの」
「コヤケさん……」
私の言葉を聞いて、ノルくんは驚きと安堵がまざったような顔で私に視線をくれた。
私の気持ち、届いたみたい。
それはグラさんも同じだったみたいで。
「まさか、コヤケさんに発破をかけられるなんて思ってもみませんでしたよ……。まあ、誰にだって触れられたくない部分や、繊細な部分があるということです。それに、あなたが本当に
「……! そう、だな」
バドさんが言っていた、裏で高見の見物をしている誰か。
サグズ・オブ・エデンを陥れて、最終的にはノルくんの命を奪おうと狙っている今回の黒幕。
「ええ、そうです。だから、そんな奴らは全員ぶっ飛ばして平和を取り戻しましょう」
「なんていうか、お前にしては珍しい言葉選びだな」
「ええ。だって、今の言葉は全てコヤケさんが言っていたことですから」
「わ、私!?」
思ってもない方向から火が飛んできてびっくり。
多分、グラさんなりにこの場を和ませようとした結果だと思うけどね。
「あなたも気張らなければいけないんですよ? 今回のダンジョン攻略、間違いなく正念場なんですから」
そう、ノルくんにとって大きな敵だけど、それは私にとっても同じこと。
目的はわからないけど、ノルくんの命を奪おうとした犯人。
その人を倒すことが今、私がこの場所にいる理由。
なにも話していないのに、グラさんは私にとって大事な戦いになることを悟ってた。
ほんと、どこまで察しがいいの……。
「……は、はは! ほんとにその通──」
返事をして、言葉と一緒に一歩踏み出そうとしたときだった。
私たちの足元に、魔法陣が展開された。
「はい、到着です。そんなことでウジウジしている暇があったら、さっさとダンジョンを攻略するエネルギーにしてくれません?」
再び目を開いたとき、私たちはダンジョンの前まできていた。
「お前な……。先に言えよ……」
いつも振り回されがちなグラさんだけど、たまにこうやって私たちに仕返しをする。
もちろん、仕返す気持ちもあるんだろうけど、今回は違う。
「まあ、でも──」
迷って、気持ちの定まらないノルくんを鼓舞するためのもの。
まあ、やり方がむちゃくちゃなのは突っ込みどころだけど。
「──おかげで、いい喝が入ったよ」
「そうでしょう? 感謝してくれたっていいんですよ」
「このダンジョンから無事帰れたら、いくらでもするよ」
いつも通りのやりとりに、思わずほっこりしちゃう。うん、いつものふたりだ。
すると、ノルくんの視線は私の方へ。
「コヤケさんも。ありがとな、おかげで元気出た」
「う、うん! これぐらいお安い御用だよ。いくらでも頼って?」
私の言葉に笑みを浮かべ、視線を前へ。
一度大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。
眼前にはダンジョンの入り口。
見ている私たちを吸い込んできそうだった。
正直、ものすごく怖い。
だって、みんなが恐れて攻略をためらうようなダンジョンだよ?
そこに、私たち三人で行こうってなってるんだもん。
ふたりとダンジョン攻略ができることはすごく嬉しい。
でも、この世界に来てまだ日が浅い私が今、最強に難易度に高いダンジョンへ向かおうとしてるんだもん。
原作を知っているからこそ、一層恐怖を感じるっていうこともあるのかもしれない。
──それでも。
私は、絶対に負けられない。
相手はノルくんの嫌がることを、なにひとつわかってないんだよ?
そんな奴に、絶対負けないんだから……!
「──よし! 行くぞ!!」
全てを吹き飛ばすように、ノルくんが声をあげる。
先頭を歩くその背中は、本当に頼もしかった。
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