15話 私の太陽
あのあと、一応あの場はおさまった。
結果だけ見ればそれでよかったのかもしれないけど、私たち──特にノルくんにとって最悪の選択になった。
バドさんたちサグズ・オブ・エデンがこの街を出ていく、っていうことで話がまとまったんだよ。
あの状況、怒りのベクトルこそ違っても、サグズ・オブ・エデンを守ろうとする人なんていなかったんだ。
私たちがなにを言っても無駄だったし、なによりバドさんがそれを許してくれなかった。
自分たちなら家族でいる限りどこでもやり直せる、なんて笑ってたけどそういう問題じゃないんだよ……。
なんで、自分に正直に生きてるあの人たちがこんな目にあわなきゃいけないの……?
『大変なことになっちゃったねえ』
「ほんとにね……」
とりあえず、今晩はとても鍛錬に時間を充てる気分にならなかったから、拠点の屋上でヒイロちゃんに話を聞いてもらってた。
大変、なんて言葉じゃ片づけられないけど、これ以外に相応しい言葉が見つからなくてね。
で、本題はここからだったりする。
ここまでは、私が知りうる内容そのままなのね。
唯一違うところがあるとすれば、あのダンジョン内で知り合ったおじさんが誰かに操られていたことを、私が知っていることかな。
アニメでは、あのシーンでバドさんがひとりで追いかけて、おじさんに暴力を振るっちゃったんだよ。
温厚なバドさんが民間人に手を出したイマイチ理由がわからなかったけど、今、本人と触れ合って確かにわかった。
自分だけに言われたことは、いくらでも飲み込めるんだと思う。
でも、それが仲間の──家族のことになるとどうだろう。
自分のことはよくても、サグズ・オブ・エデンのことになると、気持ちの整理がつかなくなるんだよね。
そこが、バドさんの強さであり、脆いところなんだと思う。
で、バドさんの柔らかいところを狙って、彼にとって不利な状況を作るんだ。
正体は掴めてないけど、サグズ・オブ・エデンを狙ってる奴はバドさんの性格をよくわかってる。
まずはカタ=パッティーノとリーゼン=ツッパリー二のふたりに手を出して、じわじわ精神がすり減っているところにバドさんへ直接仕掛けるんだ。
「……ッ」
考えれば考えるほど、胸糞が悪い。
こんなに回りくどい方法で、自分は直接手を出さないなんて。
リーゼン、それにあの大工のおじさん。
そして、アニメではサグズ・オブ・エデンのみんなを操ってノルくんを……!
『コヤケさん……』
「ごめんなさい、ヒイロちゃん。冷静にならなくちゃいけないのに、私がイライラしてちゃ仕方ないわよね?」
ひとりじゃなくて、本当によかったと思う。
多分、今の私、鬼みたいに怖い顔をしてたから。
ぬいぐるみだから表情はわからないけど、ヒイロちゃんが怯えてるのがわかったもの。
「コヤケさん、ここにいたのか」
考えすぎても仕方ないし、そろそろ寝ようと思っていたとき。
私の背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは普段身に着けてるレザーアーマーを脱いで、半そで短パン姿のノルくんだった。
なんというか、余計に等身大──ううん、もっと幼い男の子に見えて本当にかわいい。
お風呂から上がってあんまり時間も経ってないのかな。
髪の毛も少し下りてて、いつもと雰囲気が違う。
はあ……こんなときでもちゃんと尊いの感謝。
「ええ。ノーブル、あなたがこんな時間に起きてるなんて珍しいね?」
なんとかオタクを飲み込んでノルくんに聞くと、ノルくんは「ちょっとな」と言いながら私の隣に腰を下ろした。
「今日、本当に濃い一日だったよな」
濃い、なんて一言でまとめられないぐらい色んなことが起きたよね……。
結局、なにも未来を変えられてないし、私にとって悔しい気持ちも込み上げてくるし。
「バドさんとまたダンジョン攻略をして、変なおじさんに会って。まさかその人を襲った疑惑をかけられちゃうんだもんな」
「しかも、その責任をサグズ・オブ・エデンのみんなが背負って……こんなのってないよね」
それしか、言葉が出てこなかった。
なにもできない自分のやるせなさがこみ上げて、目を伏せる。
この間も味わった夜風が、まるで私を責めているようで。
余計に辛かったのかもしれない。
自分にできることの限界、どうしようもない現実に押しつぶされそうになるけど──
「……楽しそうだね?」
「え、俺、変な顔でもしてたか?」
「ううん。変ってわけじゃないけど、すっごく笑ってるから、つい」
私の言葉に「そっかー……」と呟き、ノルくんは俯いた。
だけどすぐに顔を上げて、私の方へ曇りのない笑顔を向けてきた。
──一緒に私の心を覆った雲を取り払う太陽は、確かにここにあったんだよ。
「だってさ。仮にバドさんがこの街からいなくなても、俺たちが頑張ってみんなが戻りやすい環境を作ればいい話だろ? 時間はかかるかもしれないけど、不可能じゃない。バドさんとこんなところでお別れなんて、俺は絶対に嫌だからな」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすノルくん。
こういうとき、ノルくんの明るさには本当に救われるよ。
どこまでも純粋で、澄んだ心を持ってるノルくんだからこそ、こんなにも真っすぐな言葉が出てくるんだよね。
私の推し、眩しすぎる……。
「な、コヤケさん。いい機会だし、少し俺の話を聞いてくれないか? 貴族のボンボンが、冒険者を目指す話」
私の顔を見て、ノルくんが優しい笑みを浮かべて聞いてきた。
この切り出し方には、酷く覚えがある。
「今?」
「ああ、今。このタイミングじゃないとダメな気がしてさ」
忘れもしない。今からノルくんが話すのは、彼自身の過去。
私にとって、聞くのはこれで二度目。
内容は、今でも鮮明に思い出すことができる。
だけど、ちゃんと聞きたい。
決して軽くはない過去を、私に話そうとしてくれた彼の気持ちに応えたい。
ノーブル=バイアス──そのルーツを。
みんなにも、ぜひ聞いてほしい。
ノルくんのこと、きっともっと好きになってるはずだから。
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