16話 冒険の原点


 ──ノーブル=バイアス。

 バイアス家に生を受けた男の子。


 貴族の家系で、戦いとは全く無縁の家庭だった。

 

 そんなある日、少年は夢を見た。

 あるとき、街へ出かけて話を聞いたのだ。

 冒険者、という言葉。

 命の危険も顧みず、己の夢を証明するために武器をとった者たちを指す呼称。

 初めて聞く単語は、やけに心の中に残った。


 そこからのノーブルに、迷いはなかった。

 小遣いを使って、離れた街──ダンジョン攻略の聖地ともいえる場所へ何度も足を運んだ。

 そこで、ノーブルの目を引いたのがサグズ・オブ・エデン、というパーティーだった。


 一見いかつい容姿をしているため、近寄りがたさがある。

 しかし、街の人に愛され、また彼らも街の人を愛す姿にノーブルの心は掴まれてしまった。


「ただ、ダンジョン攻略に憧れた。みんなキラキラしてて、自分の好きに正直に生きているように思えたんだ」


 だからこそ、夢を見た。

 自分もいつか、彼らと肩を並べられる冒険者になりたい、と。

 街で購入した剣を見せ、自分がどれほど本気か家族に伝えた。

 

 もともと大きくなったら、家の跡を継ぐことが決定していた。

 しかし、家族なら話せばわかると思っていた。

 

「でも、俺が冒険者になりたいって言ったら猛反対されたよ。そんな危険なことはさせない、お前は大人しく家を継げばいいんだってな。そのまま監禁されて、家業を継ぐための勉強をさせられたよ」


 今まで生活をともにしてきた家族に、存在を否定された気がした。

 

 だが、そんな生活が長く続くはずもなかった。

 それでも、夢を諦めることができなかった。

 むしろ、抱いた夢は大きく膨れ上がった。


 ノーブルは家を飛び出した。

 小遣いを貯めて買った、剣だけを持って。


 どれだけ走ったのかわからない。

 無事にこの街へ辿りついたノーブルだったが、彼を待っていたのは決していいことばかりではなかった。

 パーティーを組んだとしても、魔法を使えずまともに剣の心得があるわけでもないノーブルを雇ってくれるパーティーなど、どこにもなかったのだ。

 

 そんなある日、冒険者ギルド内の酒場にて。

 酒は飲めないので、ヤケジュースという奴だ。

 なにもかも耐えられなくなり、この場へ来た。


 ──だが。

 どれだけジュースを飲めど、飯を食らえど。

 なにも変わらない。胃も、気持ちも満たされない。

 代わりに、鉛のように重たい嫌なものだけだ蓄積された。


 ならば──体内にものを入れて満たされないなら、吐き出せばいいのでは。

 ずっと溜め込んで、今後も引きずるよりもずっといい、という考えだ。

 腹に力を込め、思いの丈をぶつける──


「「「ふざっけんな!!!!!!」」」


 それは、同時だった。

 叫んだのは、確かにひとりだったはず。

 しかし聞こえた音は三種類。自分の耳に馴染まない高音と低音。

 声量だってノーブル自身が想定していた幾倍もの大きさだった。


「「「え?」」」


 顔を合わせたのも、ほぼ同時。


 自分の存在を証明したい、剣を振ることしかできない元貴族の少年。

 コントロールが難しいほどの超火力魔法を扱う、底抜けに明るい少女。

 空気を読みすぎてしまう、サングラス姿の補助魔導士の青年。

 

 名前も知らない、偶然この場に居合わせただけ。

 だが、妙に惹かれるものがあった。

 それでも、三人は自然と言葉を発した。


「俺と!」

「パーティーをっ!」

「組んでくれませんか?」


 まるで、互いの言葉を知っていたかのように、ひとつの形になった。

 それだけで、互いに通じ合ってる気がした。腹を抱えて笑った。

 そこで、大切な仲間と出会った。


 聞けば、ふたりもノーブルと似たような境遇のもとこの場で戦っているらしい。


 ならば、やるべきことは決まっていた。

 

 ──自分たちの力で、自分を証明する。

 自分という個を失いかけていた三人が、確かに手を取った。


 こうして〝アンラッキーモータリティー〟が誕生した。


◇ ◇ ◇


「──で、俺はみんなと出会って、こうして冒険者をやれてるんだ」


 言って、ノルくんは空を見上げた。

 話してる途中、何度も言葉を詰まらせてたけど、胸の中でしまってた話を全て吐き出したおかげかな。

 すごくスッキリした顔をしていた。


「これで俺の話は終わり。聞いてくれてありがとな……ってコヤケさん!?」

「うええ……」


 で、私はというとこみ上げるものをおさえることができなくて、それはもう爆泣きである。

 アニメで一回、そして今回もう一回ノルくんから直接話を聞いて。

 私の感情はぐちゃぐちゃだった。


「ご、ごめん。つまんなかったよな、俺の話ばっか……。そ、そうだ! グラフィスがやらかした話をしよう! この前、あいつにおつかいを頼んだときだけどな──」

「いいの、ノーブル……。ぐずっ……」


 その話はその話ですっごく聞きたい。

 でも、今は私の素直な気持ちを伝えなきゃ。

 あなたの話がつまんなくて泣いてるんじゃないよ、って。

 あなたに共感して、幸せな涙を流しているんだよ、って。


「話してくれて、すっごく嬉しくて、それで──」


 でも、言葉にはうまくできない。

 溢れる思いが、どんどん膨れて言葉が詰まっちゃう。


 ああ……。やっぱり私、この人のことを推してよかった──

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