7話 彼もまたオタクだった


「いたたた……」

 

 あれから夜明け近くまで鍛錬を重ねてみたけど、やっぱり頭でイメージしていたものと実際にやってみるのでは全くの別物だった。

 炎魔法、ということで熱がダイレクトに伝わってくるし、威力の調整をミスれば私がダメージを負う。


 もしこれが並の魔法使いだったらマシ……とは言わないまでも、もう少しなんとかなると思うんだ。

 でも、それは私がちゃんと魔法を扱えるようになればクリアすことだから問題なし、と。


 改めて、ヒイロちゃんに謝罪の気持ちが溢れてきた。


 笑って流してくれたけど、それじゃ私の気がおさまらない。

 この気持ちに決着をつけるためにも、早く魔法を習得しなくちゃ。


 いつまでもヒイロちゃんの優しさにあぐらをかいてちゃ、オタク失格だもの。

 ノルくんを助けるためにも、頑張らなくちゃ。


「それにしても、不思議だよね……」


 朝になるとヒイロちゃんの意識はなくなり、普通のクマのぬいぐるみになったんだよ。

 でも、不思議と寂しくはなかった。


 なんだかんだ、ヒイロちゃんとはまた会えそうな気がする。

 だって、私の心の声をずっと聞いてくれてたんだもの。きっと、今は私の中で元気にしてるんじゃないかな。

 

 そんなわけで、今朝はグラさんが用意してくれたご飯を口の中に放り込んでいく。

 うん、すごい。朝にぴったりなあったりとした味つけで本当に美味しい。

 しっかり味がついて、疲れた体に沁みるノルくんの料理とはまた違った味わいだった。


 ああ、こんなにゆっくり朝ごはんを食べれるなんていつぶりだろう……。


「なあ、コヤケさん」

「ん?」


 私が夢中で朝食にパクついていると、ノルくんが真剣な顔で聞いてきた。

 綺麗な顔して、いったいどうしたんだろう?

 も、もしかして昨日の爆発のことかな?


「昨日、サグズ・オブ・エデンの人たちに会ってたって本当なのかよ?」

「ブフゥ!」


 思わず、飲みかけていたスープを吹き出してしまった。


 目の前のノルくんに吹き出すわけにはいかない、と咄嗟に顔を横に向けたつもりだったけど失敗。

 全部隣にいたグラさんの顔面に命中してしまった。

 うう……ごめん……。


 朝一番から不快な思いをしたため、グラさんの目つきの悪さも極まっている。

 怖い、ごめん、本当にごめん。


「いやな、今朝散歩してたら噂話で聞いちまって。昨日、サグズ・オブ・エデンの人らと女の子が揉めてるってさ。詳しく聞いてみたら、ちょうどコヤケさんがひとりで出かけた時間だし」


 この状況にも関わらず、ノルくんがしゃべり始めた。メンタルすごいねあなた。


 って、そうじゃなくて!

 肝心の内容だよ。昨日のやりとり、がっつり街の人に見られてたんじゃん。

 まあ、冒険者ギルドでの出来事だし仕方ないといえば仕方ないんだけど……。


「あー……うん、そうね……」


 それはそうと、ど、どうしよう……。

 本人を前に本当のことを言えるわけないよ……。

 グラさんに助けを求めたいところだけど、さっき失礼なことをしちゃった手前そういうわけにもいかない。

 自分でなんとかしなくちゃ。

 

 多分、このときの私はびっくりするぐらい頭が回っていると思う。

 うおおおおお頑張れ私! わああああああ!


「わ、私、強くなりたかったのよ!」

「強く?」


 必死にひねり出した答えがこれである。

 多分、グラさんもなにか悟ったんだ、ピクッとわずかに体を震わせる。

 うん、間違いない。私絶対答えミスったわ。あの絶叫なんだったのよ。


「なんだ、それならそうと早く言ってくれよ。俺たちはパーティーなんだから、すぐに頼ってくれたらいいのに」

「え、ええ。ごめんね?」

「ああ、いや、そのことはいいんだ。それよりもサグズ・オブ・エデンに目をつけるなんて、コヤケさんはいいセンスしてるよ」


 言った直後、全てを悟ったグラさんが盛大にため息をついた。


「リーダーのバド=リードさん率いる最強のパーティー、サグズ・オブ・エデン! 見た目こそイカツイけど、冒険者としての実力は申し分ないし、憧れている奴らも多いんだ。かくいう俺もそのうちのひとりなんだけどな? 前まではならず者の集まりとか、危ない連中だとか、散々な言われようだったけど、最近は街の人からようやく認められてきたんだ。バドさんがダンジョン攻略以外にも土木作業とか店番とか、地道な活動を続けたからこそなんだよな。それって、バドさんに影響されてついていったみんなが努力して築きあげた結果だし、これまでもこれからもサグズ・オブ・エデンは──」

「ノーブル」


 グラさんの呟きで、ノルくんの言葉が止まった。

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、咳ばらいをひとつ。

 なんとかして、その場の空気を変えたいみたい。


 サグズ・オブ・エデンは、ノルくんが冒険者になるきっかけになったパーティーなんだよ。

 当然そんな人たちの話題があがろうものなら、まるで小さな男の子みたいに目を輝かせて語り始める。


 控えめに言ってかわいすぎる。合掌。

 まあ、つまるところ彼はサグズ・オブ・エデンオタクなの。


 ちなみに、ノルくんが言っていたことを要約すると。

 『サグズ・オブ・エデンはかっこいい。俺もいずれはあの人たちみたいな冒険者になりたい』となる。


「と、とにかくだ! コヤケさんは自由に戦ってくれ。もしミスしたって、俺たちがカバーするよ。な、グラフィス?」

「ある程度はがんばってくれないと、私でもどうしようもないですが。まあ、善処はしますよ」


 ふたりがそれぞれ言葉を口にし、ダンジョン攻略への意思を伝えてくれた。


「そういうわけだから、朝飯食ったら早速ダンジョンだ! くーっ! 燃えてきたぞー!」


 声を上げ、拳を突き上げたノルくんが言う。

 一層、気合がこもったノルくんが今日もかわいい。私も頑張らなくちゃね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る