6話 鍛錬とぬいぐるみと大爆破

 

 あのあと、結局甘味処を10件ほどハシゴした。

 グラさんってば、スラっと細身なのにその体のどこにそんなに入るの? って勢いでどんどん甘味を吸い込むんだから本当にびっくり。


 デザートは別腹、とはよく言ったものだけどグラさんの場合、まさにその言葉がぴったりなんじゃないかな。


 もっとびっくりなのが、そのあとノルくんが用意してくれた晩御飯もぺろりと平らげちゃったんだよ。

 料理当番、ってことで気合いが入ってたみたいで、ステーキにスープ、サラダの他にも何品かあったのに。

 グラさん、恐るべし。


 でも、控えめに言ってノルくんの料理は、びっくりするぐらいおいしかったから仕方ないとも思う。

 品数もすごかったのに、どの料理も美味しくて私もぺろりと平らげて何品かおかわりしちゃったもん。

 味つけはザ・男の子! って感じの大味だったけど、それが疲れた体に沁みる沁みる……。


「やるしか、ないよね」


 ただ、これじゃただ食い意地を張っただけで終わっちゃう。


 これ以上、ふたりには迷惑をかけられない。

 だからこそ、ヒイロちゃんに届かなくともふたりの足を引っ張らない程度の力は身につけなくちゃね。


 そんなわけで、みんなが寝静まる時間を選んで外に出てきちゃった。

 それとプラスで街から距離があるこの丘なら、きっと誰もこないと思ってね。


 夜風が少しだけ冷たいけど、これからのことを考えるときっと気にならなくなるんじゃないかな。


 さあて、魔法なんてよくわからないけど頑張ってみよう。

 やったことはないけど、アニメで何回も見たし、原作でも履修済みだもん。なんとかなるよね。


 拳を握り、気合を入れたと同時。

 私の背中から、勢いよくなにかが飛び出してきた。


「やっと出てこられたー!」

「わあ!?」


 急に、かわいらしい声とともに飛び出してきたのは、ローブの中にいたはずのクマのぬいぐるみだった。


 どういうこと? ぬいぐるみがめっちゃ喋ってるし動いてるし。

 表情こそ変化はないけど、しっかりと生きてることがわかる。


 とにかく、意思の疎通はできそうだから、この子に直接話を聞いてみよう。


「え、なになになに」

 

 思考を巡らせ、なんやかんや分析してみても、私の口から漏れた言葉はこれだけだった。

 言葉とは、実に難しいものである。

 そんな私を見て、目の前のクマさんは、かわいらしく自身の口に手を当てた。


「あはは、びっくりさせちゃってごめんね! 私はヒイロ=イノセンス! 冒険者だよ!」

「え、ヒイロ……ちゃん?」


 その名前を聞いて、びっくりしない方が無理な話である。

 だって、ヒイロ=イノセンスといえば、この物語〝アンラッキーモータリティー〟の主人公であり、ヒロインの名前じゃん。

 そして、今私がこの世界で生き返り、お借りしている体の持ち主だった。


 多分、ここまでの情報で本物のヒイロちゃんって判断ができる人はそういないと思う。


 でも、私にはわかる。

 彼女の声が、彼女の仕草が。

 なにより彼女の纏う雰囲気は、紛れもなくヒイロ=イノセンスちゃんそのものなんだから。


「ごめんなさいっ!」

「ん?」


 突然、頭を下げた私に、ヒイロちゃんが気の抜けた声を漏らす。

 そして、私の顔を見にテケテケ近寄って上目遣いで首を傾げた。かわいいかよ。


「私がこっちの世界に来たからヒイロちゃんの体を奪っちゃって、ぬいぐるみの体にさせちゃって……それで、それで……!」


 本来、ノルくんたちと行動をともにしていたのはヒイロちゃんの方だ。 

 当然のことだけど、私よりも断然魔法の扱いに長けてるし、パーティーへの貢献度は段違い。


 冒険者としての実力はもちろん、この一瞬でわかったヒイロちゃんの人柄。

 陰気な私がいるよりも、ずっとパーティーの雰囲気だっていいはずだもん。

 

 原因はわからないけど、死んだはずの私がこの世界にきて、ヒイロちゃんの体を奪う形で生き返ってる。

 ヒイロちゃんからしたらいい迷惑、なんじゃないかと思う。

 

「なぁんだ、そんなこと。あなたが謝ることなんてなにもないのに」

 

 でも、ヒイロちゃんは気にしていない様子だった。

 怒るどころか、クスクスと楽しそうな笑い声を漏らすだけだった。


「お、怒らないの?」

「全然! だって、コヤケさんはノーブルのことを助けるためにここへ来てるんだよね?」

「そ、そうだけど……。ヒイロちゃん、なんでそのことを知ってるの?」

「私、体の中で眠っているときから、ずっと心の声は聞こえてて。自分がこっちに来て大変な思いしてるのに、コヤケさんってば、ずっとノーブルのことばっかり考えてるんだもん」


 ──それって、よっぽど強い思いだよね、とヒイロちゃんは笑う。

 やっぱり表情こそわからないけど、声音で確かに伝わってきた。

 ちっとも怒ってない、それどころか喜んでるようにも見える。


「それに、この体も案外悪くないんだよ? 目線は低いけど小回りもきくし、軽いんだ。すっごく新鮮な感じで楽しいの」


 口にする通り、その小さな体で手すりを歩く姿は、とてもぬいぐるみの体を嫌がってる子の行動ではないと思う。


「ねえ。コヤケさん」


 先ほどまで天真爛漫に振舞っていた彼女が、ぴたりと止まった。

 同時に、真剣な声音で問うてくる。


「で、魔法だよね。私の体だから使うのはすごく難しいと思うけど、気長にやってこ? コヤケさんならきっと大丈夫だから」


 ヒイロちゃんの〝大丈夫〟っていう言葉が、心によく響いた。

 まずは、ランペイジフレイムを完璧に使いこなさなきゃ。

 これがヒイロちゃんにとっての基本魔法だから、まともに使えなきゃ話にならない。


 気長に、とはいかないかもしれないけどやるだけやるんだ!

 

 


 ──と、まあ。

 偉そうに言ってみたけど、そううまくはいかないのが悲しいところだよね。

 実はこのあと一晩で丘が焼け落ちたから、街で少し話題になったとかなってないとか。


 これは余談なんだけど。

 ヒイロちゃんはね、普通の魔導士の数百倍の魔力を抱えてるんだよ。

 だから、ちゃんと力をコントロールできたら大戦力。少しでも加減を間違えば大惨事、ってことなの。


 本当、ヒイロちゃんのすごさを改めて肌で感じてるよ、私は……。

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