4話 不死のアンク
「コヤケさん。今回のこと、しっかり反省してくださいね」
「はい……」
あの後、私の魔法でその場にいたゴブリンは一掃できた。でも、あれだけの規模で発動したから、ノルくんとグラさんを巻き込んじゃった。
グラさんの治癒魔法で回復させられる程度のものだったけど、ふたりに迷惑をかけたことには変わりない。
私がこんな調子だから、一旦ダンジョン攻略は中止。
グラさんからありがたいお説教をいただいて、今に至るわけね。
「あなたは周りを見ずに暴走するきらいがあります。私、いつも言っていますよね。周囲を見て行動してほしい、と。今回だけじゃありません、この前だって──」
「ほらほら、こうして無事に帰って来られたんだ。あんまりカリカリすんなって」
本当はノルくんも怒ったってなにも不思議じゃないのに、私たちの間に入ってくれた。
でもね、グラさんを怒らせちゃったのは私がやらかしたから当然なんだよ……。
って言っても、ノルくんの優しさを無碍にするわけには……あうあう……。
「あなたがいつも甘やかすから、コヤケさんが成長しないんですよ? そのあたり、あなたにも改善していただけなければ今後のダンジョン攻略が厳しくなるんですからね」
「わかってるって。そのために剣の腕をあげてるんだからな」
「あなたって人は……」
私が悶々としている間に、グラさんの標的はノルくんに向かってしまった。
それにきっと、グラさんが言いたかったことはノルくんには届いていない。
でも、ノルくんがあまりにもすっきりした顔をしているものだから、なにも言い返せなくなっているんだと思う。
で、そのノルくんはグラさんから見えない角度で私の方へ、にぱっと満面の笑みを向けてくれた。
うん、今日もお美しい。それと、ごめんなさいと、ありがとう。
あなたは、お顔だけじゃなくて、実際に触れあってみても素敵な人なのね……。
「さ、帰ろうぜ。せっかく早めにダンジョン攻略が終わったんだ。このままウマいもんでも……」
「見て! あんきもよ!」
ノルくんの声を遮り、耳に届いたのは黄色い声援。
私たちのことを〝あんきも〟って呼ぶってことは──
「面倒ですね……」
「あちゃー、見つかっちゃったか」
──盛大に押し寄せてくる人の波。
ノルくんとグラさん。お顔がよくて、冒険者としても実力があるふたりが組んだパーティー。
人気が出ないはずがなかった。
「あなたたちは早く逃げなさい。ここは私が抑えておきますから」
「だってお前、いいのかよ!?」
「貸しイチです。夕飯の支度は任せましたよ」
「お安い御用だ!」
私とノルくんだけが駆け出してしばらく。
振り返ると、もみくちゃにされながらも、グラさんが言葉巧みにファンの子たちを言いくるめてくれていた。
あんなに目を輝かせていた子たちを、だ。
一瞬視界に映ったけど、グラさんのあんなに優しい笑みは、こっちの世界にきてから初めて見た気がする。
ほんの少しでも、その優しさを私たちにも向けてほしいけど……。
グラさんが私たちに毒を吐いたり、厳しく叱ったりするのは、私たちに対する信頼の現れなんだと思う。
作品としての〝あんきも〟を見てきた私はわかってるし、短くない時間をともに過ごしたノルくんは私よりも彼の気持ちを理解してるんだよね。
◇ ◇ ◇
「な、コヤケさん。グラフィスが言ってたことあんま気にすんなよ? 誰にだって調子が悪いときぐらいあるって」
「う、うん……」
調子の良し悪しじゃなくて、シンプルに私ができていないからどうしようもないんだよ……。
まあ、こればっかりは、私が練習を重ねていくしかないよね。
ああ、どうしよ。
アニメならヒイロちゃんは魔法を使えるテイで話が進んでいくけど、私がなにもできないんじゃストーリーに悪影響を及ぼすんじゃないの……?
今はなんとか大筋からは外れていないけど、最悪の事態も今の内から想定しておかなくちゃ。
私がポンコツすぎてノルくんを助けられませんでした、じゃ話にならないもの。
全国のノルくんファンの思いを背負った私としては、回避したい未来だもん。
「んー……」
私が悶々と悩んでいると、同じようにノルくんもなにやら考えごとをしている様子。
物思いに耽るお姿もまた一段と……ってそうじゃなくて!
いったい、どうしたんだろう?
「ノーブル?」
「あー、いや。なんでもない」
言葉ではそう言っていけど、こっちに目線を合わせずにうんうん悩む姿はやっぱり不安になる。
と、ノルくんはなにかいいことこでも思いついたのか、にぱっと笑みを浮かべた。
「コヤケさん、ちょっと待っててくれ。すぐに戻るよ」
「う、うん」
そのまま、ノルくんは屋台の方へ駆け出しちゃった。いったいどうしたんだろう?
そんなこんなで待つこと数分。
なにかを持ったノルくんが、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて帰ってきた。
あんなにかわいい顔をして、よっぽどいいものが買えたんだろうね。
「お待たせ。はい、これ」
ノルくんが渡してきたのは、輪っかの先に十字架のようなアクセサリーがついた品。
あまり目に馴染みがないけど、多分アレだよね?
「不死のアンク。これ、この辺じゃ有名なお守りなんだ。こいつがきっとコヤケさんのことを守ってくれるから」
こんなことまでしてくれちゃうのあなた……。
ヒイロちゃんは、すでにこの段階で魔法を完璧に扱えるようになっていたから、私がここにきて初めて発生したイベントなんだろうね。
少しでもかっこつけて未来を変えて見たかったけど、仕方ないかな。
それにまだ、私の戦いはこれから。
ノルくんからもらったこのお守りのおかげで頑張れそう。
「ありがとう、ノルく……ノーブル! 私、覚悟決まった!」
「え、あ、ああ。それはよかった」
推しに背中を押されて、頑張れないオタクがどこにいるの?
少なくとも、私は今めちゃくちゃ元気出た。
鉛のように重かった足は、羽が生えたように軽くなってた。
「晩飯までには帰って来いよ! ウマいモン作って待ってるからな!」
「わかった!」
意識したときにはすでに駆け出していた。
悩んで、迷っても前進あるのみ、ってね。
立ち止まってたってなにも始まらないんだから。
ノルくんの言葉を背に、私はある場所を目指した。
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